本書は彼の逝去から2年後の、2013年4月9日に発刊された書籍です。
こちらは書評集ではなく、児玉清さんがこれまで手がけてきた“解説”を集めた一冊です。単行本には「文庫解説コレクション」という副題がありましたが、文庫化にあたり外されたようです。
読書好きなら、次に読む本が決められずに迷う瞬間を経験したことがあると思います。私はそんなとき、読書家が薦める本を“信用買い”することがあります。外れることもありますが、心底つまらない本に出会うことは滅多にありません。
ただ、本書をその感覚で手に取ると少し違います。これは「次の一冊を探すためのガイド」ではなく、児玉さんの語りそのものを味わう本です。とはいえ、取り上げられている作品はいずれも魅力的で、読書欲をしっかり刺激してくれました。
- 弥勒の月/あさのあつこ
- 柳生薔薇剣/荒山 徹
- 阪急電車/有川 浩
- 弘海 息子が海に還る朝/市川 拓司
- 夕映え/宇江佐 真理
- 贋作 天保六花撰/北原 亞以子
- 周極星/幸田真音
- 繋がれた明日/真保 裕一
- 天涯の船/玉岡 かおる
- かなしぃ。/蓮見圭一
- 雪えくぼ/蜂谷 涼
- 永遠の0(ゼロ)/百田 尚樹
- 霧の果て 神谷玄次郎捕物控/藤沢 周平
- 鹿男あをによし/万城目 学
- 孤宿の人/宮部みゆき
- かんじき飛脚/山本 一力
- 忍びの国/和田 竜
- おわりに
弥勒の月/あさのあつこ
弥勒シリーズ1作目。現時点で9冊も出ている人気シリーズだがドラマ化されていない。頭が切れて腕も立つ同心の信次郎、得体のしれない陰を背負う小間物問屋の清之助、二人の間に立つ岡っ引きの伊佐治が、江戸で起こった殺人事件の謎を追う。

時代劇でありながら読み口はとても現代的で、時代小説が苦手な方にもすすめやすい一冊でした。ミステリ要素にはややご都合主義を感じる部分もありましたが、会話のテンポがよく、暴走しがちな信次郎に遠慮なくツッコミを入れる伊佐治との掛け合いが、物語に軽快なリズムを与えてくれます。
三人が織りなす人間ドラマに自然と引き込まれ、気づけば一気に読み終えていました。
柳生薔薇剣/荒山 徹
自らの出自である朝鮮との縁切りを望み、東慶寺(縁切り寺)に逃げ込んだ”うね”。彼女の帰国を望む朝鮮師団と幕府の刺客から”うね”を守護するのは、艶やかな薔薇のごとく見目麗しい姿と、流麗なる剣の技を兼ね備えた女性剣士・矩香だった。

「司馬遼太郎の透徹した歴史観、山田風太郎の奇想天外な構想力、そして柴田錬三郎の波乱万丈の物語性を受け継ぐ時代小説作家」と紹介した単行本の帯に偽りはありませんでした。主人公・矩香は柳生宗矩の娘にして十兵衛の姉。あの十兵衛がシスコンになるほどのイケメン女子で、その腕前は弟をもしのぐと言われています。
襲い来る手練れを相手に大立ち回りを見せる勇ましさは、女性が三歩下がるのが当然とされた時代背景も相まって痛快そのもの。奇想天外な時代小説が好きな方に、特におすすめできる作品でした。
続編は『柳生百合剣』。著者は柳生一族を主人公にした作品を多く手がけているようで、ほかのシリーズにも手を伸ばしてみたくなりました。
阪急電車/有川 浩
阪急電鉄の中でも知名度が低いらしい今津線。そこに乗り合わせた人々のエピソードを繋いでいくリレー形式の連作短編集。ふとしたことから恋が始まったり、赤の他人の一言にはっとしたり、ささやかな一期一会から生まれる人の温もりに満ちたドラマ。

初々しいカップルの微笑ましいエピソードも素敵でしたが、私の心に強く残ったのは、婚約破棄した元恋人の結婚式に白いドレスで乗り込んだアラサーOLの話でした。
あの“決死の討ち入り”の覚悟、もうかっこよすぎる。もしこの作品を読んだ人が同じようなシチュエーションに遭遇したら、まず新郎の行動を疑っちゃいますね笑
どの話も短くまとまっていて、空いた時間にさっと読めるのが魅力です。
「何か読みたいけれど気力がない」というときにぴったりの一冊でした。
弘海 息子が海に還る朝/市川 拓司

悪人が一人も出てこない、やさしさに満ちた物語です。
息子に起きた異変を受け入れ、最良の選択を貫いたご両親の姿がとても印象的でした。特にお父さんは、弘海くんがうらやましくなるほどすてきな人物です。
私の拙い感想を読むより、ぜひ実際に手に取ってほしい作品です。
表紙や帯から“泣ける物語”という雰囲気が強く伝わってきますが、涙もろい私でもじんわりと胸にしみる程度だったので、人前でも安心して読めます。
夕映え/宇江佐 真理
江戸で一膳飯屋「福助」を営む”おあき”。世間は幕府体制が崩壊する噂で持ち切りだったが、このまま普通の生活が続くものと思っていた。しかし、息子が彰義隊(幕軍)に入隊したことにより、家族は時代の流れに翻弄されていく。

江戸から明治への大転換期を丁寧に描きたいという作家の思いゆえか、史実の説明がやや多く、真面目に追うと少し疲れてしまいます。大政奉還の大まかな流れを知っていれば、そのあたりは飛ばし読みしても問題ありません。
実際、私もかなりとばして読みました。だって、著者が生き生きと描く市井の人々の暮らしや、庶民の目から見た幕末・維新の物語にすっかり引き込まれ、本筋の続きを早く知りたくて仕方がなかったんですもの。
主人公のおあきをはじめ、現代の感覚では共感しにくい人物も多いのですが、そうした違和感を超えて胸に迫る力が、この物語にはあります。
そして、クライマックスでおあき夫婦が眺める“夕映え”。その雄大さに、私も胸が熱くなりました。一日の終わりに差し込む光が、過ぎ去ったものをやさしく包み、これからの道を静かに示す。激動の時代を生きている二人の人生を照らす象徴のようでした。
贋作 天保六花撰/北原 亞以子

原作の講談『天保六花撰』をまったく知らなかったので、まずは調べてみました。本家の片岡直次郎は、仕事もせず博打や強請りで生計を立てる“美男だが救いようのない悪人”として描かれているようです。
本作の直次郎は、原作のろくでなしぶりを受け継ぎつつも、著者独自の人間的な魅力が加わり、顔立ちだけでなく性格まで粋な男へと生まれ変わっていました。原作の人物に魅力を感じられず敬遠してきた、と語る児玉さんと同じように、著者自身も似た思いを抱き、それが本作を書く動機になったのかもしれません。
原作を知ってから読むと本作の面白さがさらに増すとは思いますが、時間がいくらあっても足りなくなってしまいます。人物像の把握だけなら児玉さんの解説で十分なので、そこだけ先に読んでおくのがおすすめです。それだけでも読後感がぐっと変わるはずです。
周極星/幸田真音

舞台は巨大市場・中国。遺恨を抱える日中混血の男女が、互いを出し抜こうとあらゆる手段で駆け引きを重ねる中で、自らのアイデンティティと向き合ったり挫折を経験したりしていきます。
野心あふれる若者たちの成長が投資の世界を通して描かれているので、経済小説として読むより人間ドラマとして味わったほうが満足度の高い作品だと感じました。
図らずも彼らと関わることになる老獪な邦銀上海支店長が、何食わぬ顔で二人を手玉に取っていく場面が、本作最大の見どころです。成功か破滅か――金融業界の最前線で繰り広げられる勝負は、ある意味ホラーよりも恐ろしい二択の連続で、その緊迫感に思わず息をのみました。
繋がれた明日/真保 裕一
交際相手の女性に付きまといをしていた人物を、ケンカの末に刺し殺してしまった主人公。懲役刑を受け仮釈放されたが、被害者が先に手を出してきたこと、防衛のため持参したナイフを使用したことから、「殺そうとして殺したのではない」という思いを払拭できずにいた。
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強気で前向きな主人公のおかげで、加害者視点という暗くなりがちなテーマであっても鬱々とせずに読むことができました。
著者は、どれほど理不尽な状況であっても罪そのものは消えない、というメッセージを込めているのかもしれません。しかし、加害者側には人格者が多く、被害者側には心を壊された人ばかりが配置されている構図には、やや公平性を欠く印象を受けました。その違和感が、物語のテーマをより強く意識させる部分でもあるのですが。
一方で、客観的に自分を見られない主人公に対し、周囲の人物が投げかける言葉はどれも重みがあり、心に残りました。彼らの存在が主人公の成長と読者の理解を支えているように感じました。
天涯の船/玉岡 かおる
日本が近代国家への道を歩みだした明治初期。酒井家娘・ミサオの身代わりとして12歳で留学した少女の、波乱に満ちた生涯を描く。


本作の着想には、明治期にオーストリア伯爵夫人となったグーデンホーフ光子さんの生涯が影響しているそうです。物語は、ミサオと川崎造船所(現・川崎重工業)初代社長の松方幸次郎をモデルにした光次郎とのラブロマンスを軸に展開します。
「ハーレクイン系大河」とでも言えばよいでしょうか。恋愛模様だけでなく、当時の海外移住の困難さや、松方コレクションに代表される光次郎の足跡も丁寧に描かれています。
ひとつ、読み手を選びそうな点があります。光次郎は既婚者であるため、ミサオは関係を断とうと必死にもがきます。しかし終盤に近づくにつれ、「家族に迷惑さえかけなければ、何をしてもよい」というような開き直りが見え始めます。
他人がすれば不倫、自分がすればロマンス――そんな価値観が気になる読者もいるかもしれません。
かなしぃ。/蓮見圭一
原題は「そらいろのクレヨン」。

女子の同級生と会ったり、頭は切れるのにどうにもソリの合わない編集者とやり合ったり、ある塾講師と静かな時間を過ごしたり――。本作は、ある作家の平凡な日常をすくい上げた短編集です。どの物語も想像の余白を残した結末が印象的で、読み終えたあとには心地よい余韻が残ります。思いをめぐらせる楽しさを、存分に味わわせてくれる一冊でした。
随所に登場する名言の数々も興味深く、出典を調べながら読み進めていたら、思いのほか読了まで時間がかかってしまいました。それもまた、この作品ならではの楽しみ方だったように思います。
雪えくぼ/蜂谷 涼

明治20年ごろの雪深い土地を舞台にした恋愛小説です。登場するのは、幸せとは言い難い、いわば「男運のない女性」たち。初めての恋に心を奪われ、盲目的に相手を信じてしまう――そんな気持ちは、恋を経験したことのある人ならきっと共感できるのではないでしょうか。
女性作家の感性で描かれる官能場面はただただ美しく、落ち着いた筆致で綴られる物語の行間からは情欲に身を焦がす女性の艶が立ち昇り、読む者を惹きつけます。それぞれのエピソードが、最終話「名残闇」でひとつにつながる構成も見事でした。
2020年現在では中古本でしか手に入らないという事実が惜しまれるほど、完成度の高い一冊です。
永遠の0(ゼロ)/百田 尚樹
太平洋戦争で戦死した宮部久蔵がどのような人物だったのか、孫にあたる姉弟が元戦友たちを訪ね、祖父に関する思い出を聞き巡る。

良くも悪くも大きな話題となった百田尚樹氏のデビュー作です。映画化もされ大ヒットしましたし、ご存じの方も多いのではないでしょうか。
戦争の記録として読むか、人間ドラマとして読むかによって、読後感は大きく変わります。元戦友たちが語る戦場の記憶は華々しさと悲惨さが背中合わせで、私は読み進めるうちに胸が締めつけられるような気持ちになりました。
映画化されるくらいですから、エンターテインメント性はお墨付き。文章も整っていて読みやすいです。活字離れが進むいま、戦争を知る入口として本作を手に取るのはとても良い選択だと思います。先入観を持たず、さまざまな世代の方に読んでいただきたい物語でした。
霧の果て 神谷玄次郎捕物控/藤沢 周平

主人公の同心・神谷玄次郎が、江戸で起こる殺人事件の謎を追っていく連作ミステリ短編集です。普段の勤めぶりはどこかだらしない玄次郎ですが、ひとたび事件となれば目が覚めるような推理と一流の剣の腕を見せつける。そのギャップに魅せられ、児玉さんが「ぞっこん惚れ込んだ」というのも納得です。
江戸の庶民や下級武士の暮らしがリアリティをもって描かれており、正統派の時代小説を求めている方には間違いなく刺さる一作です。高橋光臣主演でドラマ化もされており、玄次郎の情婦・お津世を演じた中越典子の配役は、まさにイメージどおりでした。
鹿男あをによし/万城目 学
奈良にある女子高の臨時教員として働くことになった主人公は、ある日人間の言葉を話す鹿と出会う。鹿に命令され、戸惑いながらも指示された物を手に入れるべく動く主人公だが、それが1800年前から続く日本の滅亡に関わる重大な事柄だと知る。

ジャンルはファンタジー。玉木宏主演でTVドラマにもなった有名作です。学園モノでありながら、本作の大きなテーマは日本神話。春日大社の使いである鹿をはじめ、京都の狐(稲荷大社)、大阪の鼠(大黒天)といった神使たちが登場し、主人公は彼らに振り回されながら奔走します。
「日本滅亡」なんて物騒な言葉を、鹿が口をモグモグさせながら語るシュールさ。神使と人間が真面目にすっとぼけるようなやり取り。設定だけ見れば突拍子もないのに、万城目さんが描くと不思議と違和感がないのだから、本当にすごいですよね。
長い前置きに「挫折しそう」と思いながら読み進めていたのに、気づけば頭のてっぺんから足の先まで物語の世界に入り込んでいました。最後の最後で「おっと」となるエンディングも鹿男らしく、存分に楽しませてもらいました。
孤宿の人/宮部みゆき
江戸で不遇な環境におかれていた幼い”ほう”が金毘羅詣での途中で置き去りにされた、四国の小藩・丸海藩。(※架空の藩。実際にあった丸亀藩がモデルになっているとのこと)江戸で「悪霊」と噂される人物を藩で受け入れたことから、平和な町に不穏な空気が流れ始める。

散りばめられた謎が次々と回収されていく物語運びの巧みさはもちろん、そこで描かれる人間ドラマの深さが印象的な作品です。政治的思惑の理不尽に苦悩したり、恐怖に支配され自分を見失ったり――登場人物たちは複雑な心情に囚われ、物語は後半になるほど重苦しいエピソードが多くなります。あまりに酷で、読みながら気持ちが沈み込むこともありましたが、どんなときも心のままに動く“ほう”の存在が、登場人物だけでなく読者である私をも救ってくれました。
心を閉ざしてしまった加賀様と“ほう”のやり取りからは、子どもが持つ力を信じる著者の想いがひしひしと伝わってきます。恵みの海、神を祀る山、活気ある旅籠町――細部まで作り込まれた丸海の風景も美しく、小説世界にどっぷり浸ることができました。
かんじき飛脚/山本 一力

江戸時代の配達人・飛脚に光を当てた時代小説です。老中・松平定信が加賀藩(現在の石川県金沢市)を快く思わず、難癖をつける口実を得るため、病に伏す加賀藩主・前田治脩のもとへ届けられるはずの秘薬を、金沢から江戸へ到着させまいと妨害してくる――そんな緊迫した物語が展開します。
体を作るための食事、道中の宿での扱い、北陸最大の難所「親不知子不知」の由来など、飛脚という職業の掘り下げが非常に詳細で、読みごたえがありました。飛脚になるには身体的条件だけでなく、数代前までさかのぼって身内に罪人がいないことが求められるなど、実は選ばれたエリート集団だったという事実にも驚きです。
前半は物語の全体像や登場人物の把握に少し時間がかかりましたが、エンジンがかかってからは一気読み。読後には、飛脚のパワーフードであるお餅やうどん、卵かけご飯が無性に食べたくなりました。
忍びの国/和田 竜

時代は天正、織田軍の伊賀攻めを背景にした物語です。本作に登場する忍者たちは、ゲームのキャラクターのように超人的な術や身体能力を持つ一族として描かれています。主人公の無門はその中でも“伊賀一の腕前”と称される存在。普段は怠け者で正義のかけらもなく、何よりも金が最優先。しかし、いざ必要となれば慈悲なく敵を瞬殺する冷酷さも併せ持つ――このギャップがとにかく魅力的で、剛の者を圧倒する無門が超クールでかっこいい!
印象的だったのは、残念な武将と評されがちな信雄が、偉大な父を持つ苦悩を吐露する場面。常に親と比べられ評価される二世のしんどさは、現代以上に重かったのだろうと感じさせられました。
物語は一冊完結で冗長さがなく、忍者vs織田軍の合戦シーンも迫力満点。ただひとつ気になったのは、敵対する武将たちの個性や心情は丁寧に描かれている一方で、無門とお国の心理描写がやや薄く、お互いの絆がつかみにくかったところ。その部分は漫画版がうまく補完していたので、さらに作品世界を深めたい方はぜひ手に取ってみてください。

おわりに
自分では選ばないような作品ばかりで、こういう読み方も全然ありだなーと思えました。
特におすすめ3つを上げるなら・・・
・柳生薔薇剣
・夕映え
・忍びの国
現在入手可能な中で選んだら時代小説ばかりになってしまいました。とにかく重版されていない書籍が多いことに驚きます。出版業界の事情はわかりかねますが、こんなに面白い作品が図書館か中古でしか読むことができないなんて、もったいない! 紙刷りしない本こそ電子化して、後世に残していけるような方向に発展していってほしいです。
シリーズものや手に入らなかった本、作者かぶりは除外しましたので、気になる方は「ひたすら面白い小説が読みたくて」でチェックしてください。
