登場人物のスペックは以下参照(無料配布本)
餓狼伝6巻
〈序章〉
7月の奈良、堤城平との闘いに向け泉宗一郎の元でトレーニングを重ねる丹波文七。
試合を三日後に控えた夕刻、草むらに一人横たわり考え込んでいた彼の元を伊達が訪れる。文七と城平が希望していた素手の拳による試合が認められたことを伝えたのち、伊達は松尾象山が考えていることに乗らないか、と文七を誘った。そのころ、松尾象山の元には前年度北辰館トーナメント優勝者である立脇如水がルール変更に異議を申し立てていた。
〈千鳥〉
両国国技館で東洋プロレス主催「格闘技オリンピック」が開催される。城平のセコンドには伊達がついた。文七のセコンドは泉宗一郎が手を挙げたが、文七はそれを固辞した。控室で試合を待つ間、文七は伊達の言葉を思い出す。「自分の試合後、まだ眼を開くことができたらグレート巽とカール・ハンツの試合を必ず見ておけ」。
〈虎王〉
丹波文七と堤城平の闘いが始まる。
〈死掛〉
花道を去っていく文七を、二階席の奥で見つめる藤巻十三と長田。呆然自失のまま控室に到着した文七は、涼二から試合に勝ったことを告げられる。ようやく落ち着いたころ、控室のモニターにはグレート巽とカール・ハンツの姿が映し出されていた。文七は控室に来ていた河野と泉から、ハンツが昔、北辰館の門下生であったことを聞く。ルールに沿った闘いを仕掛ける巽に対し、執拗にシュートでのマッチに誘うハンツ。睨み合う巽とハンツ。1分後、表情を消した巽は「OK」と小さくつぶやいた。
〈拳鬼〉
試合3日後、ホテルに滞在中の文七と涼二のもとに巽が現れ、再び東洋プロレスのリングに誘う。帰り際、堤城平が文七と会いたがっていることを聞き、文七は彼の病室を訪ねる。
〈前夜〉
文七と城平の試合を見てから昂ぶりを抑えられずにいた姫川は、冴子と共にいた。ベッドの上で彼らの闘いに思いをはせるうち、自身の過去を追想する。象山に興味を抱き北辰館の練習に参加した姫川は、腕を折られた。5年前、象山が46歳のときであった。以来、象山に気に入られた姫川は様々な流派の技術を学びに行かされ、今日に至る。
冴子の家を出て夜道を一人歩く姫川の前に、藤巻が現れる。「二日後の試合でおまえも、松山象山も竹宮流に負ける」と言い残し、藤巻は姿を消した。
かつての東洋プロレスの道場でトレーニングを重ねる長田を、梶原が訪ねる。二人で酒を飲み交わし、語り合っていた最中、藤巻が戻る。藤巻は長田たちに試合会場へ行くことができない身であることを告げ、梶原にセコンドを頼み姿を消した。
〈拳祭〉
日本武道館で北辰館トーナメントが開催される。前回覇者である立脇如水はルール変更を理由に出場を辞退した。Aブロック、Bブロック計16名の勝者が松尾象山と3分間の本戦を闘うことができる。初戦は長田vs加山明(北辰館)、姫川vs早川満(キックボクサー)。リングに立った長田は大会主催者より強要された道着を脱ぎすて、プロレスラーの矜持を見せる。
〈武気〉
試合は順当に進み、ベスト8に残った長田は準決勝で工藤健介(北辰館)と闘う。同じく準決勝、姫川は生田三男(柔道)との戦いを虎王で制した。
〈対決〉
控室の長田と梶原の元に巽、川辺がおとずれる。川辺は長田の肋が三本折れていることを見抜き棄権をうながすものの、長田はことごとく拒否。覚悟の強さを認めた川辺は、東洋プロレスのリングドクターを呼び、麻酔を打つ。東洋プロレスは長田の勝敗で揺らぐような団体ではない、手を抜かずやれと気合を入れる巽。
いよいよ決勝のリングに上がり、名前を呼ばれる長田と姫川。静かに向かい合う二人の耳に、どん、と太鼓の音が響いた。
餓狼伝7巻
〈序章〉
姫川勉と長田弘が向き合っている。本部席からは松尾象山とグレート巽が、二階席から文七と涼二、伊達が勝負の行く末を見守る。
〈情念〉
姫川と長田の死闘。
〈仁王〉
長田との死闘を終え、試合場をあとにしようとする姫川の前に藤巻十三が現れる。藤巻は逮捕される覚悟を持ったうえで姿を現し、姫川との他流試合を望んだのだった。松尾象山により意向を受け入れられた藤巻は、筋を通すためとして姫川の前に適当な人物との闘いを要望する。藤巻は控室で泉宗一郎より稽古着を受け取り、深く頭を下げる。
〈聖戦〉
連戦した姫川とのハンデ調整として、藤巻は仁科行男、続けて立脇如水と闘う。あくまで姫川と対等であることを望んだ藤巻は立脇との戦いの最中、故意に左腕を負傷させる。姫川は長田との戦いで左腕の靭帯を破壊されていた。
そして、姫川と藤巻の闘いが始まる。
〈伝説〉
当初予定していた決勝戦勝利者のかわりに、松尾象山はソムチャイ・ルークパンチャマ(ムエタイ)と闘う。
〈群狼〉
北辰館の試合から半月後、奈良で泉宗一郎と飲む文七。試合後に逮捕された藤巻は当初殺意を否定していなかったが、短期で勤めを終わらせるよう説得する松尾象山の言葉を最後には受け入れた。
泉との対話の中で文七は問い続けてきた自らの生き方に答えを出し、格闘に人生を捧げる覚悟を決める。だがルールが勝者と敗者を決めるリングでの闘いに違和感を覚え、東洋プロレスと北辰館、どちらにするか答えを出しあぐねていた。
泉から武宮流を学び続けていたある日、文七はグレート巽より身を隠すよう連絡を受ける。巽に会うため文七が東京へ旅立った日の夜、泉宗一郎は文七を狙う刺客に襲われた。
〈異神〉
巽真に会った文七は、米国マフィア派閥のボス・アーニー・カスティリオーネが文七をスカウトしたがっていることを聞く。
喧嘩相手を探して街中をうろつく松尾象山と、それに付き添う伊達。人気のない場所に入るのをまちかねていたかのように、不穏な雰囲気をまとう男に喧嘩を売られる。まず伊達が相手をするも肋を折られ悶絶。続けて対峙した松尾象山は男の右ひざを粉砕し、力を削いだ。象山が伊達を介抱していたところに新たな男が現れ、梅川丈二と名乗った。
〈再会〉
泉宗一郎を見舞う文七のもとに、梅川が現れる。彼は松本にいる河野(サンボの師匠)の妻・秋子の兄であった。梅川から古武術流派・葵流がアメリカに残っていること、松尾象山たちを襲ったのは次男の葵密丸(26歳)であること、マフィアたちが地下闘技をメジャーのトーナメント戦にし金を稼ごうとしていること、葵流の三兄弟を含めたトーナメント出場希望者が巽真、松尾象山、姫川勉、丹波文七を狙っていることを聞かされる。
長田に左ひじを破壊された姫川は、加藤を同行し箱根の山荘で療養していた。象山からの電話で先日の事の次第を説明された夜、二人は襲撃を受ける。相手は三男の葵飛丸(24歳)であった。
新しいシリーズの初日、外国人選手ピット・ブル・ジャンセンと闘ったグレート巽は、相手が真剣を挑んできたことに憤っていた。文七の変わりに泉、象山、姫川が襲われたことや葵兄弟に考えを巡らせる巽の前に、梅川が現れる。
〈葵流〉
帝都ホテルの一室で、巽真、川辺、松尾、姫川、梅川の会合は行われた。それぞれの元にはカスティリオーネからトーナメント招待のエアメールが届いており、優勝賞金は20万ドルであった。梅川は地下試合で葵左門と闘ったことを皆に告げ、文七と会った夜を思い出す。
夜の奈良、トレーニングを続ける文七を訪ねた梅川は、地下試合がどのようなものであったかを語り始め、葵流師範である葵左門(56歳)と闘い勝利したことを告げる。父の仇である梅川との試合を切望した葵流3兄弟であったが、文七、象山、姫川、巽のうち、1対1で破った者であれば出場を検討してもいいとカスティリオーネから条件を出され、現在の状況となっていた。また左門は試合後3兄弟のいずれかと立ち合い、負けて亡くなっていた。
会合を終えた象山と巽は、カスティリオーネの件に限り手を組むことを約束する。
〈転章〉
会合を終え、地下駐車場に出て歩き出した姫川の前に見知らぬ男が現れる。名を訪ねる姫川に対し、彼が葵密丸であると答えたのは梅川であった。
餓狼伝8巻
〈序章〉
前巻から続いての、梅川丈次と葵密丸のケンカ。
〈牙鬼〉
密丸が現代の葵流について思いを巡らせる。アメリカでの暮らしのこと、自殺した母親のこと、父親が地下試合に出るきっかけとなった女のこと、父と梅川の試合のこと―。
梅川に締め落とされた密丸が目を覚ますと、目の前にいたのは飛丸だった。
〈鬼群〉
夜、1人トレーニングを続ける文七の前に、葵文吾(29歳)が現れる。一触即発の空気であったが、文七を追ってきた涼二によって回避される。
北辰館道場では梅川と密丸の闘いを見た姫川が、象山の前で梅川の奇妙な技を再現しようとしていた。それは寝技でも立ち技でもない競技体系によって生まれた技術、ブラジリアン柔術バーリ・トゥードであった。
〈群狼〉
明治時代の柔道家、前田光世について語られる。様々な技や思想、相手を倒すために有効な技の多くが捨てられ、近代スポーツ化する前の柔道を学んだ前田がブラジルという地に残したものがブラジリアン柔術とバーリ・トゥード(何でも有効)という試合形式であった。
〈狼牙〉
葵飛丸が夢で語る、梅川に左門が負けたのちの話。一層寡黙になった父は、地下試合をする理由であった愛人・キャサリンにも会いに行かなくなった。飛丸は誰にも内緒で彼女の入院先を訪ねる。病床でうわごとのようにタツミと繰り返すキャサリン。父にそのことを伝えると、それが東洋プロレスのグレート巽であることを告げられる。
〈牙王〉
左門が語る、キャサリンについて。バンサーとして働いていたときに出会い身体を重ねるようになったこと、彼女は精神不安を抱えていたこと、その原因がタツミという男であること。ひとしきり語った左門は、ひとつだけ教えていなかったことを3人のうち一人に伝えると言い、長男である文吾を指名した。
〈王道〉
北辰会館の館長室、松尾象山は4人トーナメントを東洋プロレスと合同で行う承諾をグレート巽から取り付けたことを姫川に伝える。11/20に東洋プロレスが、11/27に北辰館がそれぞれで4人ずつ闘い、勝った同士が翌2月に王者決定戦を行う。カスティリオーネの試合が12月であることを見越しての決定だった。
東洋プロレス:梅川丈二、東洋プロレスの選手、北辰館選手(立脇如水)、葵流
北辰館:北辰館(姫川勉)、東洋プロレス(梶原年雄)、丹波文七、葵流
一ツ橋ホテルの会議室、葵兄弟は川辺から試合出場の打診を受ける。
〈転章〉
奈良公園にいる文七のもとに、梶原が訪れる。短い雑談のあと、梶原は11月にある北辰館トーナメントでの闘いを文七に要請し、ルールはバーリ・トゥードだと告げた。
餓狼伝9巻
〈序章〉
アメリカのマフィア・カスティリオーネが日本行きを決める。
〈拳華〉
日本武道館で東洋プロレスのバーリ・トゥードが開始となり、トーナメント表が公開される。
〈拳王〉
日本武道館観客席の最前列に腰をおろした文七は、梅川がどのような闘い方をするのか、伊達が見せてくれたバーリ・トゥードビデオの記憶とともに思いを巡らせていた。そのとき5人の外国人が文七と同じ列に着席し、彼らをリング上から見つけた巽真は表情を曇らせた。
〈拳帝〉
梅川丈次と風間浩二(東洋プロレス)の闘い。
〈拳皇〉
立脇如水と葵文吾の闘い。
柔道出身者であり、空手より柔道が強いと疑わなかった立脇がなぜ北辰館へ入門したのか、伊達は立脇と松尾象山の出会いを文七に語り聞かせる。
〈拳神〉
立脇が敗北したことにより、全日本のオープントーナメントには出場しない河間一、奥村栄、立花文時、如月九平といった全世界の門下生が動き出し、北辰館はさらに勢いづくであろうと語る泉宗一郎。その話を聞き文七は拳を握りしめる。
そして、梅川と葵文吾の闘いが始まった。
〈拳酔〉
小料理屋で酒を飲み交わす象山と伊達。東洋プロレスの決勝戦は、梅川が文吾の耳を削いだことにより中止となっていた。勢いの収まらない梅川を止めたのは、カスティリオーネと席を共にしていたブラジル人のホセ・ラモス・ガルシーア、かつて梅川が練習していた道場の主であった。
巽とカスティリオーネが密会したこと、このあと開催する北辰館の試合のことなどひとしきり話し合った後、伊達に奈良の泉の元へ足を運ぶように言う象山。どうやらこの世界には、須久根流という秘伝があるらしい―。
〈拳聖〉
梅川と文吾の試合を思い返しながら奈良で調整を続ける文七。背後に人の気配を感じ振り返ると、そこには梅川が立っていた。二日後の試合に向け明日、東京へ向かう文七に場所を示し、そこで起こることを隠れて見ておくように伝える梅川。そして、自らがブラジリアン柔術に出会い、ホセの道場に入門するまでの経緯を語り始める。
〈拳鬼〉
空手は柔術に勝てないと断言する梅川。だがホセは日本にまだブラジリアン柔術が知らない技術が存在しているのではないかと考え、恐れていると語った。根拠は、ブラジリアン柔術界に根強く残る前田光世毒殺の噂であった。柔道成立の祖である嘉納治五郎が、あまりにも危険性なため柔道の中に取り入れることをしなかった古流柔術・須久根流。その奥伝書を読むか、盗むかしたため前田は海外へ渡ったのではないかと連中は考えていた。
〈転章〉
夜の東京、多摩川河川敷の草むらに身をひそめる文七。しばらくして現れた梅川は、文七のことを気にも留めない様子でウォーミングアップをし始める。誰かと闘うのだろうか、と文七がいぶかり始めたとき、車のヘッドライトが辺りを照らす。車から降りてきたのはカスティリオーネ一行とホセ・ラモス・ガルシーアだった。
二人の立ち合いが始まるも、柔軟に技を繰り出すホセの圧倒的な強さになすすべのない梅川。マウントポジションとなり、すでに意識のない梅川を殴り続けるホセに違和感を覚える文七。ホセの行為が殺戮であることに思い至った文七は、怒りを抑えきれず声をあげながら飛び出していく。ホセに非難の言葉をあびせる文七であったが、ホセは笑顔を見せながら持論を述べる。両者の意見が対立する中、割って入ったのは松尾象山であった。
餓狼伝10巻
〈序章〉
日本武道館、ついに北辰館のリングに立った文七は、初戦の相手である梶原と向き合う。
〈梶原〉
文七と梶原の闘い。
〈姫川(一)〉
昨夜の川原の出来事を思い返す象山。ホセと文七は一触即発の雰囲気であったが、象山と伊達が場を丸く収め事なきを得た。
姫川と葵飛丸の闘いが始まる。
〈姫川(二)〉
控室で泉のマッサージを受ける文七。そこを訪ねてきた冴子は泉の制止も聞かず、姫川の左腕をねらうよう一方的に告げ、その場をあとにした。
文七は、今や流派の人間と言ってもいいほど竹宮流に深く関わっている。藤巻が姫川に敗れたことを考えると、姫川との一戦は竹宮流の雪辱戦とも捉えることができると文七は思い至る。泉は重い口を開き、かつて姫川が象山に腕を折られた6年前の出来事を語り始めた。
象山は内弟子15人と共に5日間の合宿として箱根にこもっていた。そこに突然現れたのが姫川勉であった。東京大学の医学部生である姫川は、家業を継ぎたくなければ松尾象山に勝て、と言われ赴いてきたのであった。
〈文吾〉
冴子の出現により精神集中を乱された文七は一人、控室で自問を繰り返す。どんなに意識を整えようとしても、冴子が告げた「今の丹波文七は怖くない」という姫川の言葉が蘇ってくる。
どのくらいの時間がたったころだろうか、黒のトレーナー上下を着た巨体の男が静かに文七の控室に現れる。後ろ手にドアをロックした男を見て、文七は本能的に戦闘態勢へと入った。
〈丹波〉
文吾との死闘で全ての迷いから解き放たれた文七は、もはや自らを制御することすら敵わず、餓えた獣のごとくなかば狂いながらリングへと駆け上がった。準備をしている姫川めがけ、襲い掛かる文七。あわてふためくスタッフをよそに、象山は笑顔を浮かべて開始の太鼓を叩いていた。
〈文七〉
12月の大阪、一人黄昏れる文七。奈良の泉の元を出たのは二日前、頬肉はこそげ落ち、凄愴の気が文七を満たしていた。
試合が終わった一週間後、ホセとは違うブラジル人が須久根流を調べているらしいと泉から聞かされた。その話を思い出しながらも、文七の気力は萎えたままだった。姫川に恐怖したあの日、心が負けを認めたあの時から闘うことができなくなり、文七は毎日かかさず行っていたトレーニングも止めてしまっていた。泉の元を去り、涼二を遠ざけ、文七は一人姿を消した。
〈象山〉
銀座のフランス料理店で食事をする象山と姫川。文七との闘いを振り返り、「怖い男だった」と真情を吐露する姫川に、あの男は負けたあとが怖い、と答える象山。そして北辰館の来年のトーナメントに話がおよび、20年ほど昔、ホセ・ラモスの父・ガスタオン・ガルシーアと象山が出会った経緯が語られる。
〈転章〉
食事を終えた姫川と象山は街を歩く。アメリカで行うカスティリオーネの試合に招待された象山は、姫川に帯同するよう告げるとともに、須久根流を探っているブラジル人をおびき出すため、象山が知っているらしいとデマを流すよう伝える。乗り気ではない姫川のそぶりを見て、何か知っているのではないかと象山はいぶかんだ。
餓狼伝11巻
〈序章〉
象山がブラジルでガスタオン・ガルシーアの道場破りをした話の詳細。
〈拳王〉
12月、松尾象山と姫川は、W.G.Aの世界NHBトーナメントを観戦するためアメリカ・デンバーへとやってきた。組み合わせは以下のとおり。
第一試合 カート・オブライエン対ピーター・ウィリアムス
第二試合 ルドヴィック・トラバース対アレクセイ・ヴェスチェラフ
第三試合 キム・ジョンワン対ハロルド・リッチレイ
第四試合 ジョン・フランクリン対ホセ・ラモス・ガルシーア
春に行う予定だった北辰館と東洋プロレスの決勝戦は、梅川と文吾の負傷、文七の失踪で開催が危ぶまれる事態となっていた。会話をするうち不穏な空気となっていく象山と姫川であったが、伊達の登場で場の空気は平常へと戻る。伊達は同じくアメリカ入りをしている巽真が象山に会いたがっていると伝えてきた。
翌日、明日に控えた試合の前夜祭としてパーティーが催される。会場には派手なスーツ姿の象山と、落ち着いた服装の巽と姫川がいた。象山は自分か巽、いずれかに何かを仕掛けようとたくらんでいるアーニー・カスティリオーネの思惑に自ら乗らんとするため目立つ行動を繰り返す。
〈拳鬼〉
NHBトーナメント開幕。
〈拳騒〉
試合の興奮冷めやらぬ状態で、象山は姫川の控室へと向かう。前日のパーティで象山が補欠選に出場する予定だったチャック・ホームズを叩きのめしてしまったため、できた空席を姫川で埋める要望が通ったのだった。
姫川は八角形のリングに立ち、対戦相手であるベン・ニクラウスと向き合った。
試合後、人数のへった控室で会話をする姫川と象山の耳に、モニターを眺めながら試合を解説する声が聞こえてくる。声の主はハロルド・リッチレイ。次にホセ・ラモスと闘う選手であった。
〈拳喜〉
ピーター・ウィリアムスもホセ・ラモス・ガルシーアも棄権しなかったため、姫川は本戦に出場することができなかった。閑散とした控室ではラモスに負けたハロルドと、補欠選を拳だけで勝利したジム・ヘンダースンが本気の喧嘩を始める。それと同時に、オクタゴンで決勝戦が開始された。
〈実拳〉
大坂を出た文七は堺、岸和田を経て和歌山まで移動していた。持ち金をすべて使い、潮岬へと到着した文七は海岸へと出る。いよいよのどんづまり、これからどうするのか問いを続けても答えは出てこない。ただ一つ、自分はあきらめていないという思いだけが文七の支えであった。
まとまらない思考を続けるうち夜となり、あたりは闇に包まれる。しばらくすると車が2台止まり、数人の男たちが浜辺へと降りてきた。女を巡るトラブルの粛清であるらしかった、その最中、文七の姿が見とがめられ、刀を持つ用心棒らしい男が前に出てきた。その姿を見て文七は「土方・・・」と名をつぶやいた。
〈転章〉
土方元は客分として、暴力団や任侠組織のやっかいになっている男であった。久しぶりの再会ののち、酒を飲み交わした居酒屋の2階に宿をとった文七は、店主から聞いた「姫屋」の不吉なうわさが気になっていた。
すでに店主も寝入った真夜中すぎ、階下から人を呼ぶ声がする。文七と店主が降りていくと、土方を含め、先ほど海で会った男たちが血まみれで入り込んできた。彼らは女を探しに姫屋へと向かっていたはずであった。
土方から事のあらましを聞いた文七は、姫屋へと走る。到着すると同時に入り口の戸が開き、中から女と一人の男が出てきた。何者かと問う文七に、男は「姫川源三」と静かな声で言った。
餓狼伝12巻
〈序章〉
文七の前に静かに立つ男は年齢は50歳ほど、状況を考えると普通の親父にしては落ち着きすぎている。名を聞いた瞬間、文七の脳裏には姫川勉の顔が浮んだが、尋ねると目の前の男は知り合いではないと答えた。いずれにしろ、土方を素手で倒した男がいると知ったときから文七の身体は熱くなっていた。文七はジャンパーを足元に脱ぎ捨て、立ち合いを申し込んだ。
千葉の九十九里浜で寒稽古をする北辰館の練習生たちを、離れた場所から眺める黒い肌の男。合宿責任者である高柳と練習生の内田が何をしているのか尋ねると、彼は松尾象山に会いに来たと言う。会話を続ける中、男がルタ・リブレという格闘技を身につけていることが分かり、内田はバーリ・トゥードでの立ち合いを持ちかける。
〈帝王の城〉
浴衣姿の象山の前に正座する高柳と内田。海岸での報告を聞き終えると象山は立ち上がり、笑みを浮かべながら窓を開け放った。そこにはくだんのルタ・リブレの男が立っていた。マカコと名乗る男は象山一人を浜辺に呼び出し、須久根流について話を始めた。ブラジルに渡った前田光世が須久根流に毒殺された際、秘伝書が日本に持ち帰られた可能性が高いこと、本当に須久根流がブラジル柔術界の脅威となり得るのかを調べるために日本に来たことを伝える。会話を続ける中、二人の間には不穏な空気がまとわり始めていた。
〈スクネ流〉
大坂・心斎橋。丹波文七は人混みの中を歩いていた。姫川源三との立ち合いから半月、勝負は文七の勝ちであったが、源三はわざと負けたのではないだろうか、という疑念はずっとぬぐえないままだった。文七は再び源三に会うため、天人会の土方に行方を尋ねる。
居酒屋で酒を飲み交わす文七と土方の前に、鮫島と名乗る男が現れた。彼もまた源三を探しているという。鮫島に誘われるまま、二人は高層ホテルの最上階へと向かう。出迎えたのは、80歳を越えているであろう老人であった。
老人との奇妙な会合を終え、無言で雑踏を歩く文七と土方。あの老人といい源三といい、何者なのかー。悄然とする二人の背後から、男が声を掛けてくる。「あのホテルの45階に行ったんだろう?」宇田川論平と名乗るライターは訳知り顔で訪ねてきた。
小料理屋の個室で宇田川は語る。老人は東製薬の会長である東治三郎であること、十年前、東製薬が起こしたトラブルにかかる内部資料を、治三郎の息子かつ社長である東陣一郎の弟が持ち出した可能性がある。弟の名前は東源三と言い、陣一郎の妹・文子の婿養子である。だが文子は治三郎の妾の子であり、陣一郎とは義理の兄妹である。文子と文子の母親が亡くなったことから、東源三は自ら籍を抜き家を出て、旧姓である姫川に戻った。そして、源三と文子の間には息子が一人いた。
〈獅子の牙〉
巽真の過去。ブラジルに渡るまでの経緯と、渡航後の生活。あるきっかけにより川辺や力王山と出会う。
〈獅子の爪〉
力王山からチケットを渡された巽は、野外スタジアムでプロレスを観戦していた。リング上では日本人、ブラジル人、アメリカ人のレスラーたちが闘っている。それが出来レースであると理解した巽の気持ちは次第に冷めていく。
何試合かののち、リング上に柔道着のブラジル人が登場する。コールされた名は、ガスタオン・ガルシーア。パンフレットには「jiu-jitsu」とだけ紹介されていた。リングアナウンサーは、この試合だけは特別ルールで行うと言っている。何も知らない巽には「バーレツウズ」と聞こえた。すると隣から「こいつは、やるぜえ」という妙にうきうきした太い声が聞こえてきた。つられて巽が横を向くと、声の主は松尾象山であった。
すべての試合後、力王山に呼ばれた巽が控室に向かうと、あとから松尾象山もついてきていた。力王山を挑発する象山。二人に刺激された巽はプロレスラーの道を目指すべく、力王山がブラジルを出てから10日後、日本の土を踏んだ。出立の前には、ガルスタン・ガルシーアの道場に妙な日本人が現れ、バーリ・トゥードを行ったという噂を耳にしていた。
次に巽が象山を見たのは、力王山プロレスに入門して2年目のときだった。道場で練習しているときに、見覚えのある太い肉体が入ってきたのだった。何があっても異議を申し立てない一筆を持参したうえでの道場破りを相手したのは、斑牛の伊達であった。
象山が逃げ去ったあと、現場にかけつけた力王山は激怒する。
〈獅子の掟〉
力王山の付き人となった巽が徹底的にしごかれる日々を送っている中、再び象山が姿を現す。巽を密かに呼び出した象山はプロレスラーである志村政彦と自分の関係、それにまつわる力王山との因縁を語り始める。
〈転章〉
夜、世田谷の女の元へ力王山を送る途中、いつもの場所ではない鳥居の前で巽は車を止めた。なぜ象山と闘わないのか、といきなり問い始めた巽の様子はどこかおかしく、力王山は戸惑う。小さく笑みを浮かべ「グッドラック」とつぶやいた巽は、運転席を降り姿を隠す。車から降り、巽を追う力王山。すると近くの暗闇から、ゆらりと人影が現れた。ずんぐりとした、太い肉体が灯りの下に立っていた。
餓狼伝13巻
〈序章 王の拳〉
力王山vs松尾象山。
〈決着〉
力王山と松尾象山、死闘。
決着後、巽は象山に北辰空手を教えてほしいと願い出る。
〈宿敵〉
帝都ホテル36階、革張りのソファーに深く腰を沈め、巽は力王山がやぶれたあの時を思い返していた。あれから20年。死闘ののち力王山は半年で復帰し、7年後ガンで亡くなる年までリングに上がり続けた。力王山の死後、巽は中央プロレスを出てアメリカに渡り、キャサリン・カーランドと出会う。
4月25日開催予定の東洋プロレストーナメントと北辰館トーナメントの決勝戦は、マッチメイクがまだ決まっていなかった。東洋プロレス主催の決勝である梅川と葵文吾の試合はノーコンテストとなり、北辰館主催の梅川と丹波の試合もノーコンテストとなっている。考えを巡らせている巽の元に、川辺から電話が入る。葵兄弟が奈良の泉宗一郎の元に身を寄せているという報告であった。もう一つ、マカコと名乗るブラジル人から連絡が入ったことも。
箱根の合宿所にこもる姫川の元に、ブラジル野郎を見つけたと加藤から連絡が入る。場所は日暮里。どうするか、と尋ねる加藤に、姫川は「予定通りに」と指示を出す。
新宿歌舞伎町、雑踏を歩くマカコに近づく男がいた。加藤である。前日、マカコの宿泊先に電話を入れ、スクネ流を教えてやってもいい、と誘いだしていたのであった。二人は連れ立ち、駐車していた車に乗り込む。後部座席には姫川の姿があった。
居酒屋で一人酒を飲む文七。姫川についての情報を得るため、宇田川と待ち合わせをしていたのだった。文七が用件を尋ねると、「リオウというのを知っているか」と宇田川は言った。
〈雷神〉
東海プロレスの西村一と関根音は、夜の公園を走っていた。ふと、西村が関根に「走ることに意味はあるのか」と問う。興行に来たここ熊本で、1500人入る会場に観客は98人であった。トレーニングしている人間は自分たち以外もういない、と西村は憤る。そのとき、どこかからのんびりとした声が聞こえてきた。「そりゃあ東海プロレスが潰れるってことだ」と磯村露風と名乗る男は言った。用件を訪ねると、彼らを引き抜きに来たと言う。東洋プロレスや北辰館がしているバーリ・トゥードで勝てるようにしてやる、と誘う磯村は、不思議な格闘術で二人を翻弄する。
〈獄門関〉
「第一章 決着」の続き。象山への弟子入りを希望した巽は、目当ての場所を捜しあてた。木造二階建てのみすぼらしい借家が、松尾象山の道場であった。ブラジルから戻って1年2カ月、海外には1万人いる弟子も、日本には6名しか残っていない。修行に耐えられず、皆逃げ去ったためであった。巽は入門に値するのか。象山は巽に道着を渡し、弟子の一人である谷山と立ち合わせた。
〈仁王門〉
館長室にいる松尾象山の元へ、巽から電話が入る。未だ勝者たちの行方がわからない合同トーナメントについて、そして象山も知らなかった姫川とマカコの密会についても巽は情報を得ていた。
池袋の駅前、見るからに強靭な肉体を持つ黒人が地図を眺めていた。バッグを足元に置き場所の方向を確かめていたそのとき、一人の男がバッグを盗み走り去る。黒人は驚異的なスピードで追いつくと、持ち去った男を徹底的に叩きのめした。相手の意識が無くなっても攻撃を止めない黒人を、「やめときな、それ以上やると死んじまう」と止める男が現れる。黒人は止めた男に頭突きを入れたが、入らなかった。どんなパンチも男には当たらなかった。落ち着いたのを見計らい、「あんたのだ」とバッグを差し出す、元東海プロレスの関根。黒人を止めた男は磯村であり、暴風のような黒人はNHBトーナメントでホセ・ラモスに負けたハロルドを倒した補欠選手・ジム・ヘンダースンであった。(※11巻)
北辰館道場の隅に、磯村、関根、西村とジムは座して稽古を見学していた。関根と西村は磯村に弟子入りしており、東海プロレスは二日前に倒産した。稽古を眺めていたジムは、ここにいる連中であればバーリ・トゥードでなくとも勝てると言いだす。それを聞いた練習生の小川が立ち合いを申し出る。責任者である高柳はマカコとの件を思い出し、判断を迷っていた。だが返答を待たず、ジムはオーケイ、と言って立ち上がった。
勝負は30秒かからなかった。倒れた小川にさらに攻撃を加えようとするジムを、高柳が止めた。だが、ジムは目標を高柳へとシフトし、動きを止めなかった。騒然とする道場であったが、一人の小柄な男の登場で場は静まり返った。堤城平であった。
〈鬼王拳〉
銀座にあるフランス料理店に、象山と巽はいた。巽は語る、新宿で川辺が見た出来事と巽の元にもマカコ、本名エウジェニオ・シウバから入電があったこと、彼から姫川と会う約束を聞かされ、ボディガードを依頼されたこと、マカコからの見返りとして四月の試合にノーギャラで出場すること、そして、マカコから聞いた姫川とのやり取りの一部始終を。
〈鬼畜の技〉
姫川を訪ねる4時間前、象山は伊達と会っていた。広い板敷きの道場でサンドバッグを蹴る伊達。象山に誘われ北辰館の一員になってからも、肋骨が折れているときも伊達はトレーニングを怠らなかった。巽から申し出のあったマカコとの試合を象山が伝えると、伊達は喜んで引き受けた。
本気のプロレスで再び闘えることに興奮冷めやらぬ伊達が冷たい風の中を歩いていると、後ろから気配を感じた。振り向くと革のジャンパーに野球帽をかぶった、丹波文七がそこにいた。
〈餓狼の拳〉
寒々とした小さな公園で向かい合う伊達と文七。伊達は「試したいことがある」と言い、文七に攻撃を促した。
象山は八畳間の和室で姫川と向かい合っていた。姫川はマカコとの密談をあっさり認め、象山に負けないと断言する。静寂の中、いきなり放たれた象山の右拳は空を切った。驚く象山に向かって、姫川は言う。「今のがスクネ流の啖水(たんすい)ですよ」―。