それはさておき

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子宮筋腫 手術体験記3~いよいよ手術へ

ここからは2022年9月以降の話

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ときには医者より看護師のほうが頼りになる

結局、リュープリン治療は2クール行った。3クール目突入時点のエコー診断でも筋腫の大きさは10cm程度にしか縮んでいない。なぜに手術に踏み切っていないのかと言えば、2クール終わった時点で私には有効な手段でないことが明白であるにもかかわらず、医者が毎回「手術しなければいけないよ」と予告するだけで「しましょう」と言わないからだ。2クール後の3か月健診の際に手術の話をしても、「こんなに大きいままでは切れない」の一点張りである。
 
いつ来ても混雑している様子からするに、おじいちゃん先生が一人ひとりの経過を覚えていられないのも仕方がないとは思うが、効果のない治療に月8,000円の出費をこれ以上続けていられるか。今こそ負けられない戦いだと判断した私は、看護師長と思しき人物にいつになったら手術できるのか、と詰め寄った。するとあっさり「できますよ、いつにしますか」と言ってくれた。すかさず入院できる日を告げると再び診察室に呼ばれ、あれよあれよと話が決まっていった。
 
妊娠5か月レベルの筋腫を抱えている私は、選択の余地なく開腹手術となった。その場合は準備日含め10日間の入院が必要らしい。私は月の10日から入院することに決めた。高額医療の限度額認定は「医療機関や薬局の窓口で支払う自己負担額が、1か月(暦月:1日から末日まで)単位で一定額を超えた場合に、その超えた金額を支給する」制度なので、できるだけ月初に入院したほうが万が一入院が長引いてしまった場合でも安心なのだ。
 
その後は術前のMRI予約と逆算で2回リュープリンを打つ日を決めて、手術日に備えることとなった。
 

入院から手術まで

入院5日前

入院前の検査として、心電図や血液検査、全身の状態の確認などを行った。
 

入院準備

私が入院するのは個人医院。大部屋は特別な事情がない限り妊婦さん優先との話だったので、全日個室で過ごすことになった。室料は冷蔵庫やテレビ、ネット使用料など全部含めて4,000円/1日。日数も少なかったし、術後の苦しみを思い返すと妊婦さんたちと同じ部屋よりは1人部屋で助かった。
 
持ち物は事前にもらう「入院のしおり」に沿った準備のほか、ネット記事を参考にした。
www.gunze.jp
まあ短期入院だし、足りないものはあとから持ってきてもらえばいいと思う。私の場合、病院着は入院費に含まれていたが、大きな病院だとレンタルのところが多いようなので事前に確認が必要。病院にネット環境がない場合は時間をつぶす手段が大事。
 
◇持っていってよかったもの
下着(パンツ)・・・おなかまで隠れる締め付けのないタイプを用意。
S字フック・・・ちょっと引っ掛けておきたい道具があるとき便利。
ハンガー・・・濡れたタオルをかけておくのにも使えた。
イヤホン・・・個室でもイヤホン必須。消灯時刻は大部屋と同じ。
ほか延長電源コード、ペーパータオル、ウェットティッシュ(または赤ちゃんのおしりふき)
 

入院日

タクシーで病院へと向かう。術前検診と病棟見学、退院までの流れの説明を受けたあとは自由時間。シャワーを浴びて夕飯を食べたあとはのんびり過ごす。
 

手術当日

午前中は外来診療があるため手術は12:30から。朝食はなし。浣腸をされ、しばらく持ちこたえようとするものの我慢しきれず、すぐトイレに向かう。9時すぎシャワーを浴びたのち血栓をふせぐためのストッキングと三方開きのパンツを装着。
 
10時ころ執刀医から術前説明。ぜんそく持ちかどうかの質問があり、風邪をひくと症状が出ることを伝えたら術後の痛み止めが注射で行われることになった。座薬だとぜん息を誘発する恐れがあるらしい。最後に点滴用の注射針を手首に刺される。クソ痛い。

 
12:30近くとなり、いよいよまな板の上の鯉となるべく手術室へ徒歩で向かう。よくTVで見る「手術中」というランプが設置されているような手術室ではなく、分娩台の隣にシングル用の手術台が置かれた大きめの部屋が、その場所だった。自力で台によじ登ったあと準備は流れ作業ですみやかに進み、ドキドキする間もなく麻酔から尿カテ挿入まであっという間に行われた。
 
手術は下半身麻酔で行われるため、注射は背中に打たれた。人生で初の、身体に関わる麻酔である。注射自体に痛みはまったくなく、薬液注入と同時にじんわりと温かさが広がっていった。だが感覚がなくなっている実感はなく、思いのほか足の指も動く。医師に伝えたら「何だと」と言って何かされた。「これはどう? これは? 今すごく痛いことしているよ」、すでに顔に布がかけられているため何をしているのか見えないが、「お腹の肉がプルプルしています」と答えたら看護師さんに笑われた。痛くないなら大丈夫だろう、と結論付けたのか、それ以上のやり取りもなくこの話は終わった。
 
なお、下半身麻酔の仕組みについては下記に詳しく書いてある。
anesth.or.jp
手術台が狭いせいで気を抜くと落ちてしまいそうな両腕をなんとか台の上に乗せつつ、その時を待つ。執刀医は二人のようだが、診察が長引いているようで残りの一人はなかなかこなかった。「〇〇先生まだ来ないの?」としきりに言うメイン執刀医。時間が押しているのか、いよいよしびれをきらした彼は「ンもう始めちゃうよ」と言いながら腹を切り始めた。
 
TVで見てきた医療ドラマは本当に架空の話であった。イメージしていた「〇時〇分、始めます。よろしくお願いします」といった厳かな雰囲気はいっさいなく、めちゃくちゃフランクに手術は開始された。開腹作業もまたイメージしていたスーッという切れ味の鋭さはなく、腹の皮を引っ張りながらズッ、ズッ、と少しずつ切り開いていくような感覚が伝わってきた。イメージ通りだったのは患者の身体の上に手術道具を置かれるところ。ただし意外と重量があり、のせられるたびズッシリとした重さを胸元に感じた。
 
少しして遅れていた第二の医師が到着。すでに開かれている腹部を見て「これは、なかなかのモノですね」と感心の声をだす。何となくわが子を褒められたような、誇らしい気分になる。二人体制となった医師たちはときおり談笑しながら、手順通りと思われる作業を迷いなく行っていった。なぜわかるのかと言えば、内臓をむにょむにょしている感覚が伝わってくるから。「おっ、今日はカメラマンか」、看護師さんが写真を撮っているようだ。
 
麻酔はきちんと効果を発揮していたものの、全部の感覚がなくなっていないことに少し不安を覚えてきたころ、「眠りますか?」と看護師さんが聞いてきた。一生に一度あるかないかの一大イベントを寝てすごすのももったいないと思い「大丈夫です」と答えたのだが、医者の「寝かせろ」の一声で鎮静薬が導入され、私の意識はそこから途切れてしまった。なぜ寝かせられたのかは後日明らかとなるのだが、これについては別の機会に記すこととする。
 
おぼろげな意識の中「〇〇さん、切れましたよ~」という声が聞こえ、目をあけると視界の先に肉塊があった。すぐ眠りに戻ってしまったので結局よく覚えていないのだが、しっかり見たつきそい人いわく「肉の塊にぴろぴろっと紐(おそらく卵管)がでていて、ぺそっと何か(おそらく子宮)がついていた」らしい。
 

最後に

以上が手術について記憶しているすべてである。摘出した筋腫の重さは1,000g強、痛みがとれたあとの腹周りは実感できるほど軽くなっていた。新生児頭大の重りを腹に抱えながら生活していたのだから、そりゃそうである。
 
卵管、子宮を摘出した私の身体には今、女性特有の臓器は卵巣しか残っていない。つまり生理はなくホルモン(排卵)だけ排出されている確変状態である。昔は卵巣も除去していたらしいが、今は働けるうちは働いてもらうというスタンスが主流らしい。実際めちゃくちゃ快適だし、ガンの心配も減って生きやすくなった。
 
手術自体は何てことなかったのだが、このあとが地獄だった。そのことについては次の記事で述べていきたい。なお摘出した筋腫の写真をもらいたいと願い出たところ、それを渡すと(私が)捕まってしまう恐れがあるのでダメと言われた。犯罪と間違われる可能性があるとの話だった。
 
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