Cult of the Lamb(カルトオブザラム)日記1のつづき
※カルトオブザラムのゲーム日記、だったのですがゲーム内容を基にした二次創作の小説風にしてしまいました。※ネタバレにも触れています。
※設定を想像で補完しているところがあります。
※主人公の性格設定は見た目は子ども、中身はジジイです。
夜闇の森へ

かつて無力な子羊が、命を絶たれた忌まわしき地。
レーシィが支配する「夜闇の森」へ足を踏み入れるのは、いったい何度目になるだろうか。時の流れにせき立てられ、数えることなどとうに放棄してしまった。
ここは、穏やかな風の吹くわれらの地とは異なる、 平穏なき異界―― 悪夢のような世界。
わが教団の支配地は今のところ荒れ野の区域だけであるが、長年神として生き、勢力を拡大してきた彼らは、領域全体を教団の支配下としていた。
そのことを誇示するかのように、針葉樹を中心とした背の高い木々の合間には教団の所有物であろう紋章が刻まれた石碑が無数に建てられ、無礼な異教徒に無言の威圧でしきりに引き返せと迫ってくる。
ゆく先々には景色を飾るオブジェのように、狂信者にもてあそばれたイモムシたちの成れの果てが卒塔婆のごとく地に突き刺さり、捨て置かれている。鋭利な棒で尻から頭まで一直線に貫かれ、身体に空いた穴から命の汁を垂れ流しているということは、先ほどまで生きていたのだろう。
心の赴くままに苦しみを与えることを良しとし、秩序が力を失っていく様こそが、レーシィの力の源。彼の権能である混沌に魅了された信者たちは、崇拝者を称えるため進んで暴徒と化し、目に入ったものすべてを蹂躙していた。

秩序なき信仰は道徳の不在につながり、道徳なき社会は慈悲の不在につながっていく。欠如を示す概念である混沌と無慈悲が共鳴し合い、レーシィの掲げる信仰は破壊に染まっている。
同じような道が続く森の中、目印となるのは枝という枝からぶら下がっている殉教者であろう死体袋。陽の動きを確認しようと見上げても、うっそうと茂る葉に遮られるこの場所では、そうするより他に方法がない。
それにしても、膨大な数だ。この残酷なる死の装飾を我も真似できたなら、わが救い主である待ち受けし者もさぞかし喜色満面にあふれることだろうに。
緑豊かな地とはいえ、野を染め上げる花々も、支配者の歪んだ美意識に呼応するかのように異質だ。
大輪の花が咲き誇る広場に迷い込み、その匂やかな香りを胸に吸い込んでいたときだ。ふと花が動いたように見えて、ぎょっとした。
よくよく目を凝らすと、一つひとつの花芯についている目玉が、一斉にこちらを見つめていたのだ。あわてて他の花を見やると、口であったり鼻であったり人の顔そのものであったり、怪奇きわまりない生態の花ばかりが周りを取り囲んでいる。
急ぎ逃げ出し事なきを得たが、あのまま色香に酔わされていたらどうなっていたのか、想像するのも恐ろしい。

林立する木々に囲まれ、昼なお暗い森の中。枝葉の侵食を免れた細い小道を、ひたすら奥へと辿る。神聖な祭壇は森の最奥にある、すなわち我が目指すのもそこだ。
木々が浄化した清涼な空気とは裏腹に、森は殺気に満ちていた。我の存在を察知するや否や剣を振りかざす狂信者たち。そして、静寂を破られた森の住人たちもまた、怒りも露わに襲いかかってくる。

剣を振り回しながら、我はレーシィと再会した日のことを思い出していた。
レーシィとの再会
森に通い始めたばかりの頃、少々、いやかなり熱烈なおもてなしを受けながら歩みを重ねていると、ふと、足元から伝わる微かな振動に気を取られた。
なんだ、大地が揺れている?
足を止め、震えに意識を集中する。
刹那、何の前触れもなく身体が硬直した。
五体が拘束され、直立不動のまま指先一つ動かせない。

周囲の景色が赤に染まり、外界から遮断されていくのを肌で感じる。
我に襲いかかろうとしていた者たちが幽世と現世の溶け合いに巻き込まれ、はじけ、消滅していく。
突然の事態に混乱するしかできない中、ひらけた場所にある地面が微かに盛り上がりを見せた。小山の頂点から何かが出てこようとしている。
目をこらす間もなく一気に天へ向けて伸びたそれが形作ったのは、旧き信仰の司教の1人、レーシィの姿であった。
動かぬ体が問答無用でレーシィの眼前へと引き寄せられる。せめて剣を、と念じるも冠は目を塞がれ沈黙し、応えようとしない。
わが頭上に鎮座する赤き王冠を見て、レーシィが口を開く。
「これはどういうことだ? 他の子羊同様、貴様は殺したはず。その王冠は・・・奴の力・・・まさか?」
頭の内に、驚嘆の声が響いた。だが、背後にいるはずのレーシィの匂いはどこにもない。
遠く離れた場所から、感応術で意識に触れているのか? そんな離れ業が可能なほどの神力を、旧き信仰の司教たちは持っているというのか。
凍り付いたままの体からあふれ出す汗が止まらない。侵され続け、今にも焼き切れそうな脳の灼熱感に意識までもが混濁していく。
レーシィの王冠も目を閉じていることからするに、大きな力は使えないと思いたいが、はたして――。
絶え間ない苦痛にさらされ、先に天へと昇った仲間たちとの再会を祈り始めたころ、唐突に拘束は解かれた。司教の影は我をあざけり、さげすむだけで満足し、あっさりと消え去った。
それもむべなるかな、片や悠久の時を神として生きてきたケモノ、片や昨日今日神の代行者となったばかりの子羊だ。
ほんの数分の邂逅で力の差を思い知らされた、あの日。それまでの高揚感は跡形もなく消え去り、なんとか立ち上がって歩き出したものの、心は折れかけていた。
沼に沈みそうなわが身をすんでのところですくい上げてくれたのは、この領域の住人であろう奇妙な面々だった。
占い師のクラウネック
勝機も見えぬまま惰性でトボトボ歩いていると、いつの間にか他とは一線を画す神秘的な雰囲気の小部屋へと足を踏み入れていた。
仄かに漂う甘い香りは、白檀だろうか。月や星を模した金色の吊り飾りが、淡く部屋を照らしている。中央には藤色の一人用テント。そこから放射に伸びる同色の絨毯の上には両手で抱えられるほどの大きさをした背の低い書見台と、色とりどりの透明石が置かれている。
絨毯の中央に座していた部屋の主が、「こちらに来るがよい」と我を招き寄せた。
クラウネックと名乗った深紅の翼をまとう鳥の前には、タロットカードが並べられている。
「子羊を称えよ。かの子羊は大いなる力を授かり、囚われの待ち受けし者を開放するだろう――かつて、何千年も前にカードが示した言葉だ」
四司教がわが一族を惨殺するに至った予言をもたらしたのは、まさしく彼だった。

「このカードを引くがよい。お主の助けとなるだろう」
促されるままタロットを1枚引く。それと同時に、摩訶不思議な力が領域内に広がるのがわかった。レーシィの支配をも凌駕する霊力が、わが身に注ぎ込まれてくる。
「領域を出ない限り、そなたへの加護は続く」
驚いた。神以上の力を持ちながら、神ではない存在がこの世にいようとは。
それでは、この世界の神とは何なのだ。王冠を頂く存在を指す神とは単なる概念に過ぎず、真の意味での神は別にいるというのか。そもそも神に「なる」ということ自体の不自然さに照らせば、その考えに帰結するのも道理だが、お主は答えを知っているのか。お主は何者なのだ。
矢継ぎ早の疑問が頭を駆け巡るが、口から出てきたのはもっとも単純な問いだった。
「なぜ、レーシィではなく我に力を貸す?」
一呼吸置き、クラウネックは瞑目したまま答えた。
「すべては定められていること」
――拳を握り、さらに言葉を投げかける。
「あの予言を貴殿が司教たちに伝えた結果、わが一族は滅びを迎えた」
ああ、と吐息まじりの声で、彼は答えた。
「運命の子よ、すべては定められていたことなのだ」
予想していた答えとはいえ、むなしさがこみ上げてくる。
だが、先見だけをよすがとしている者に、果たして誰が咎を与えられようか。
それに、タロットによる助力が、かりそめとはいえ打ちのめされていた心に希望の炎を灯してくれたことに違いはない。
これ以降、行く先々に彼は現れるようになった。
急な用事で不在のとなるときは、(おそらく)その日の予言に見合っているであろうタロットを数枚残しておいてくれる。
それが運命に従う者としての矜持なのか、それとも別の理由なのかは定かでない。
ただ、贖罪であってくれるなら――彼に会うたび押し寄せるわが心のさざ波も、少しは凪ぎもするのだが。
鍛冶屋のクダーイ
カン、カン、と金気まじりの小気味いい音が、森にこだまする。音がする方向を探していると、それはすぐに見つかった。発生源と思しき部屋の入口には、大刀、小刀、さまざまな武器が吊るされている。
好奇心を抑えきれずこっそり部屋をのぞき込むと、「入ってくるがよい」と太い声が響き渡った。
熱気に包まれた薄暗い部屋、ごうごうと燃える鍛冶炉の炎を灯り代わりに見渡せば、壁という壁を埋め尽くすほどの武器が陳列されている。
恐るおそる部屋主の前へ進み出ると、まじまじと頭のてっぺんから足のつま先まで観察された。
クラウネックとうり二つの容姿に、山吹の羽。鍛冶師は名をクダーイと言った。
永遠に消えることのない炎によって、神をも屠る力を帯びた強力な武器を鍛えているという。
恐るべき霊力を持ちながらも、やはりクラウネック同様、頭上に冠は頂いていない。
我を「約束された解放者」と呼び、「敵を殺し、誉を守り、鎖を壊す」と語る彼もまた、予言を成就させるために存在しているのだろう。

「そなたの王冠にその姿をとらせるがいい」
クダーイの前には、厳選された3種の武器が並べられている。
言われるがまま台座に手をかざし、待ち受けし者の名において姿を変えるように命じると、王冠はびゅうびゅうと音を立てながら武器を吸い込み、置かれていたものと寸分たがわぬ姿形となって、わが手に収まった。
それまで携えていた武器を置き、新しい武器を一振りする。初めて知る重さに一瞬バランスを崩し、転びそうになった。
非力な自分に扱える代物なのか、疑いの眼でクダーイを見ると、彼は祈りの形に合わせていた手を崩し、工房の隅にしつらえてある練習用の木偶を指さした。
人形に向かって武器を振り下ろす。やっぱり振り回される。
だが、継続して叩き込むうち何となくコツをつかみ、重さにも次第に慣れていった。
慣れは技術となり、技術は威力となる。
威力は自信へと変化し、眠っていた勇気を目覚めさせてくれた。
神をもしのぐ霊力と、神をも屠る武器。二つの大きな助力を得て気力を回復した我は、彼の地への進軍を再開し、いよいよレーシィと対峙することになった。
森の王の死
司教がいたのは、小さな神殿。
中央には覚えのある魔方陣が描かれている。
彼の横には、信者が一人立っていた。
とっさに身構えるも、気づけば周囲は赤に染まっている。
あのときと同じ、そこにいるレーシィは影であった。
信者が進み出て、魔方陣の上に立つ。
「大義のためであればこの身を捧げましょう! おお、偉大なる指導者よ!」

声も高らかに忠誠の言葉を叫ぶと、信者は自らの胸に刃を突き立てた。
みるみるうちに、その姿は醜悪な魔物へと変貌していく。
見覚えがある魔方陣、それは信者に悪魔を憑依させる悪魔召喚陣だった。
そこにいた信者は跡形もなく消え、 醜悪なる魔が一体、現れた。
溢れんばかりの悪意に身を委ね、 蠢くその影には、理性も知性も感じられない。
その姿を見て満足そうにうなずくと、レーシィの影は何の感情も見せることなく消えていった。

場の支配者が去るやいなや、魔物は飛び掛かってきた。
我の3倍ほどの体格に最初こそひるんだが、攻撃をよけ続けるうち、身体が自然とパターンを覚えていく。
力任せに飛び掛かってくる巨体をいなし、地道に打撃を加えていくと、魔物はついに動かなくなった。
憑き物が消滅し、その場に残されていたのは、ヒザを抱え、ぶるぶると震える信者だった。
正気に戻った信者は弱々しく上目遣いに我を見ながら命乞いをし、あなた様の教団に入れてほしいと懇願してきた。
名を問うと、アムドゥシアス、と消え入りそうな声で答えた。
身を捧げると啖呵を切って挑んできた以上、戻ったところで厳しい粛清が待っているだけなのだろう。
しばし考え、連れ帰ることにした。
宗教に命を捧げるほどの忠心が、わが教団のものとなれば、大いなる躍進につながるはずだ。
王冠に念を送ると、人ひとり入れる大きさの小さな魔方陣が出現した。
アムドゥシアスをその中へ放り込む。
もちろん、裏切るようなことをすれば死の神の制裁が待っていることも言い添えて。
レーシィの本体が待つ中央祭壇までの道のりは用意でなく、通過点にある神殿ではアムドゥシアス同様、悪魔を身に宿らせた信者たちが待ち構えていた。
いよいよレーシィも、我を脅威とみなしたらしい。

襲い来る使途を退け、ようやくレーシィと対峙したときは、握った剣が震える手の中で落ち着かず、カタカタと鳴っていた。
話し合いで解決できる問題ならとっくにそうしている。
お互いが暗黙のうちに承知していた暴力による対話が幕を開けた。

真の姿を現したレーシィの正体は、巨大なワームだった。
その姿は森で串刺しになっていたイモムシたちに、よく似ている。
体格も神力も経験も差は歴然。
だが、何千年も神として生きてきた自負が、予期された運命への危機感を鈍らせた。
油断、それこそが我を勝利へと導いてくれる道しるべであった。
――そして、今。
目の前には、真っ二つに裂かれた神の亡き骸が横たわっている。
わが手にある心臓は、どくどくと、しかし確実に動きを弱めながら脈打っている。
混沌に身をおくことのみを喜びとしたレーシィ。
美しい森を血で染め、側近たちを死地に送り、その手に掴んだものは何だったのか。
森の主 神となりては剣に散り 信仰抱きて黄泉へと旅す。