それはさておき

脱力して生きていきたい

Cult of the Lamb(カルトオブザラム)日記3~蛙の女王

Cult of the Lamb(カルトオブザラム)日記2のつづき

※カルトオブザラムのゲーム日記、だったのですがゲーム内容を基にした二次創作の小説風にしてしまいました。
※ネタバレにも触れています。
※設定を想像で補完しているところがあります。
※主人公の性格設定は見た目は子ども、中身はジジイです。

ポンコツと呼ばれて


 
 混沌の神を倒したことで、死の神を戒める鎖は1つ解かれた。
 待ち受けし者は「お前に倒されたレーシィの姿、大波を前にした砂粒のようだったな」と笑い上機嫌であったが、彼を抑え込む力が弱まったとしても、それこそ微々たるものだったのだろう。教団には目立った変化もなく、いつも通りの日々が続いている。

 作業の多さは相変わらず。疲れが抜けないときには「働けど働けどなお、わが暮らし楽にならざり」――そんな文豪の言葉がふと頭をよぎることもある。
  だが、これまで多くの時間を費やしていた畑に種サイロを設置したことで、信者たちに作業を分担できるようになり、忙しさの中にも少しずつ余裕が生まれてきた。
 
 もともと群れで生きる性を持つ我ゆえに、信者たちとの協調も円滑に進んでいる。
 今のところ離反の兆しが見える者はいない。
 つまり、教団運営はいたって順調。
 
 だが、人の心はいく様にも形を変える万華鏡。
 対応がうまくいかず、指導者としての自分の立ち位置を見失いそうになるときも正直ある。
 
 
 畑を信者にまかせ教団内を見回っていると、建物を建設する予定地の地ならしを割り当てていた信者二人が、作業の手を止め雑談していた。
 少しの時間であれば息抜きとして許容しているが、最初に目にしたときから30分は経過している。
 皆が額に汗して働いている中、これはいかん。
 
 話し込んでいる二人の元へ行き、声を掛ける。
 
 「そこの二人、そろそろ作業に戻らぬか。今は仕事時間だぞ。何事もメリハリは大・・・」
 「ヤッバwww うぇ~い」
 

 
 バルバトスはごまかし笑いを浮かべながら、作業場へ戻っていった。
 話し相手であるヴァレファールは不満そうに少しうなり声をあげ、ふくれつらで何も言わずバルバトスを追いかけていく。
 
 「あ、こら。まだ話の途中ではないか」
 
 脱兎のごとく走り去った二人は、あっという間に遠ざかっていった。
 
 何事もメリハリは大事だと言いたかったのだが、仕方のない者たちだ。
 あの二人は確か、レーシィの元から連れ帰った者同士であるな。同郷のよしみで積もる話に興が乗ってしまったか。
 まあ子どもじゃなし、追いかけてまで諭すことでもあるまい。またの機会にするか。
 ふう、と息を一つ吐く。そういえば最近、溜息の回数が増えた。
 
 
 教団内の見回りを再開する。
 足りない設備はないか確認していると、敷地のすみに仮置きしている寝袋同士の間隔が狭すぎることに気がついた。
 
 わが教団も規模が大きくなり、いろいろ手狭になりつつある。
 家族同然の暮らしをしているとはいえ、寝息が聞こえるほどの距離では、すでに安眠に支障の出ている者がいるかもしれん。
 さらに信者が増える前に、広い土地へ移設するか。
 
 まだ日は高い。
 寝所の候補として残しておいた場所の大岩除去に着手することにした。
 
 
 ふんっ。
 はあ、はあ。
 た、たいていっ、声がけはっ、せずともっ、我が仕事を、始めるとっ、はあはあ、誰かしらは気づいて、て、手伝いに来るのだが、今回に限って、誰一人来ない。
 
 幾度となくツルハシを当てるも、目の前の大岩は作業前と変わらない存在感を保ったままだ。
 何かおかしい、そんな違和感に手を止め、あたりを見回すと、地ならしを終えたバルバトスとヴァレファールが、離れた場所から無表情でこちらを見ていた。
 だが、手伝いに来る様子はない。
 まさか、先ほどのことを根に持っているのか?
 

 
 イマドキの若者は「注意」をしても「怒られた」と捉えると聞いていたが、そういうことなのか?
 
 待ち受けし者の言葉が頭をよぎる・・・
 
 「信者の召使になるなどという過ちは犯すなよ」
 

 
 ふんぞり返って事が進むならそうしたいが、今の時代、強気に出てハラスメントと受け取られたらどうするのだ。
 
 「優しく接すれば、奴らの信頼など好きなだけ簡単に取り戻せる」
 

 
 優しく接するとは、あのような場合も見て見ぬふりをして通り過ぎろということか? 休憩もとらず作業をしている者がいるというのに?
 
 「非道の限りを尽くせ。奴らを意のままに操るのだ」
 

 
 優しくしろと言ったではないか。ハイレベルすぎて何を言っているのかわかりません先生。
 
 「要領よく立ち回れと言っておるのだバカモノ。仕方ない、矮小な者どもの思考を読む力を貴様に授けてやろう」
 

 
 
 そうして力を授かったとて、これだ。
 思考を読む力さえあれば人を意のままに操れるなど、神の思い上がりに過ぎない。
 信者たちと接するほどにそれを実感し、己の力不足を痛感してしまう。
 
 だが、不思議と司教を辞めたくなった日は一度もない。
 思い悩むことが重なり落ち込む日もあるが、信者たちが手料理をおいしそうに食べる姿を見ていると、明日からも頑張ろうという前向きな気持ちがみなぎってくるのだ。
 

 
 我、司教より大家族のお母さんのほうが向いているのかもしれない。
 

 

ヘケトの領域「蛙の樹林」へ


 
 レーシィを消滅させた次に足を踏み入れたのは、内に宿る粗暴な本性を隠そうともしないヘケトの領域だ。
 
 彼女の庭はキノコと枯草が生い茂る、水の1滴も流れることのない荒野。
 支配者の激しい性格をそのまま表したような野趣に満ちており、情熱の赤と郷愁を誘う茶で彩られた風景は、蠱惑的でありながら狂気的。
 得られる食材は少ないものの、その二面性に不思議と引き込まれ、何度でも訪れたくなってしまう。

 
 レーシィが支配していた森同様、この地に足を踏み入れた途端、狂信者たちは一も二もなく襲い掛かってきた。
 恐怖を感じることなく我に向かって突進してくる彼らの目は、現実とは異なる世界を見ているかのように、どこか焦点が定まっていない。
 
 キノコ狩りをしていた者たちの話によれば、この地に生息するキノコには強力な幻覚作用があるらしい。
 言われてみれば、飢えに耐えかねた信者たちが焚火で肉と一緒にキノコを焼いている光景をよく見かけた。
 もしかして、我が何度もこの地を訪れたいと思ってしまうのも、キノコの影響を受けているからなのか?
 

 
 周囲に漂う甘やかな匂いに時折めまいを覚えながらも先に進んでいると、かすかに大地が揺れ始めた。
 この感覚は、そう思ったときにはすでに遅かった。
 くだんの如く体の自由を奪われ、我は地の底より現れたヘケトの幻影の前に無防備なまま差し出された。
 

 
 「我らの末弟を殺したのは貴様だな。我らは旧き信仰の司教なるぞ。貴様のような異端者からこの地を守ることこそ我らの使命。我らは真実の名のもとの守護者、いかなる冒涜も許しはせぬ」
 
 深淵からの轟きを思わせる威圧的な声。
 レーシィにはなかった確固たる自負と、周囲を圧倒する気高い存在感に気おされる。
 
 「貴様の罪業は数え切れぬ程に多い・・・」
 
 ゆえに貴様の忠実なる信者は苦しまねばならないのだ、と自らの主張を大音声で述べ、ヘケトが意識を集中し始める。
 空間をゆがめるほどの憤怒で周囲の景色がざわめき始める。
 今が断罪のとき、そう言うが早いかヘケトの権能「飢饉」の力が領域を飛び越え、信者たちへと襲い掛かった。
 
 荒れ地にいる信者たちの様子が意識に浮かび上がる。急激な空腹に歩くこともままならず、その場にへたりこんでしまう者、祈りの言葉を発する力すら失う者、もっとも飢えに弱い者は、横になったまま動けなくなっていた。
 
 わが力の源を絶ったヘケトは、そのまま掻き消えるように姿を消した。
 
 飢饉の恐るべき力により、我は一時退却を余儀なくされた。
 待ち受けし者の力が復活しつつあるとはいえ、旧き信仰の司教たちが、わが聖域にまでその影響を及ぼし得るという事実は看過できるものではない。
 とはいえ、彼らがすぐに姿を消したことから察するに、相当な神力を要する御業であったと見てよいだろう。
 
 次に侵入するときは、日持ちのするおかずを作り置きしておかなければ・・・。
 

ケマックの狂気

 彼女は、礼拝堂にも似た小部屋を住処としていた。
 簡素な石造りの柱と、ステンドグラスをはめ込んだ窓。
 そこからわずかに差し込む光が幾筋もの線を描き、静謐で厳かな空気を作りだしている。
 

 
 部屋の主の名は、ケマックと言った。
 その姿は、クラウネック、クダーイとよく似ている。
 その身の痛々しさを別にすれば。
 もとはさぞ美しかったであろう大空色の翼は、もはや機能していないことが見て取れるほどにまばら、足があるべき場所には何もなく、その下の床には血だまりができている。
 
 移動が不自由な身体は、上部から伸ばしたフックに吊られていた。
 よく見ると、部屋にはロープが縦横無尽に走っている。
 飛ぶことも歩くこともできない彼女は、これを伝って移動を行っているのだろう。
 
 「ハッ、ハッ! 赤き王冠じゃないか! そしてお前は・・・神なる獣か。来い。渡したいものがある」
 
 ケマックがクイ、と手近にあるヒモを引くと、石造りの床が重々しく軋み、内部から台座がせり上がってきた。
 中央には巨大な舌に装飾をほどこした気味の悪い物体が鎮座している。
 
 崇拝の対象である存在から作られた聖なる遺物だ、とケマックは言った。
 つまり、神の身体の一部を加工したもの。
 
 「このケマックが手掛けたものだ。確かに私の兄弟は、お前にいいものを提供したことだろう・・・だが私が渡すものは、強力だぞ」
 
 容姿から、彼らと同種の存在であることはわかっていた。
 だが、頭上に頂いている王冠は他の2人にはなかったものだ。
 頭に根を張っているように見えるが――。
 
 「この王冠? ケマックが作ったのさ。素材? それは秘密だよ、ヘヘヘ」
 
 やはり神ではないようだが、壁際に並べてある信者を模した人形が気になった。
 手近にあった信者人形を軽く押すと、弾力のある手ごたえが返ってくる。
 足元には血、隙間からはみでているのは・・・内臓?
 思い切って1体破壊すると、肉と青い羽がはじけ飛び、舞い散らばった。
  
 「ケマックの信者に何をする!」
 
 がちゃんがちゃんとフックを鳴らしながら、彼女が全身で抗議してくる。
 怒りは当分収まりそうになく、もはや何を言っているのかわからない。
 あわてて台座の上にある物体を手に取ると、かすかに動いたような気がした。
 淡く光を放っており、内包する力を今にも爆発させそうな危うさがある。
 
 それを急いで毛の間にしまうと、我は駆け足で部屋から逃げだした。
 

女王の最後

 祭壇へたどり着く道の途中には、夜闇の森同様、ヘケトに仕える信者たちが待ち構えていた。
 自らの命を触媒として悪魔を召還し、その身に宿らせた邪悪をふりまきながら、迷うことなく襲い掛かってくる。
 
 しかし、我とてただのほほんとしていたわけではない。熱心な布教を続けたかいもあり、信仰の力は狂信者たちを蹴散らすのに余りあるほど高まっていた。
 激しい闘いの末に地を舐めたグシオン、エリゴス、ゼパルと名乗る信者たちは、いずれも飢餓の信仰を捨て、ヘケトの怒りから逃れるように、すすんでわが教団の軍門に下った。
 

 
 ヘケトとの戦いは、もはや語る必要はあるまい。
 我が生きていることが、その証左となるのだから。
 
 
 飢えはすべての始まりだ。
 飢えて体力がなくなれば疫病にかかり、飢えを満たすために人々は争う。
 

 
 人の尊厳そのものを奪い、貶めてきたであろうヘケト。
 だが——どれだけ居丈高にののしられようとも、我は彼女を心の底から憎みきれないでいる。
 
「・・・シャムラ、休め。この問題は我々が対処する。だろう、カラマール?」
 
「貴様をほかの司教たちに近づかせはせぬ」
 
 4司教の中で他者にいたわりを見せた者も、神であることへの誇りと果たすべき使命を深く胸に刻んでいた者も、彼女以外にいない。
 

 
 だが、待ち受けし者にそのようなことを申したところで、こう返されるだけだろう。
 
「そんな場面を目にしたから何だと言うのだ、今さら刃をおさめる理由にはならない」
  
 待ち受けし者から傲慢と言い捨てられた彼女は、最後の最期まで自らの行いに一切の言い訳もせず、尊大なる高潔を抱いたままわが覚悟の前に倒れ、レーシィが待つ黄泉の国へと旅立っていった。