それはさておき

脱力して生きていきたい

Cult of the Lamb(カルトオブザラム)日記4~偉大な指導者なら

Cult of the Lamb(カルトオブザラム)日記3のつづき

※カルトオブザラムのゲーム日記、だったのですがゲーム内容を基にした二次創作の小説風にしてしまいました。
※ネタバレにも触れています。
※設定を想像で補完しているところがあります。
※主人公の性格設定は見た目は子ども、中身はジジイです。

はじまりの灯、静かに消ゆ

 
 ヘケトとの戦いを終え、しばしの休息に身をゆだねていると、祭壇の方角から信者たちのざわめきが聞こえてきた。
 
 聖像のそばに、老齢のファイアーブレが倒れている。
 
 急ぎかけよると、すでに多くの者が周りを取り囲むように集まっており、それぞれに色めき立っていた。
 人垣をかきわけ、倒れている体のそばに立つ。
 ざわめきは次第に小さくなり、やがて沈黙が訪れた。
 
 動かない彼の口元に手を当て呼吸がないことを確認し、投げ出されている手を胸の上に重ねる。
 黙とうをささげると、信者たちもそれにならい、目を閉じていることが伝わってきた。
 
 
 教団創設以来、共に歩んできたファイアーブレが、その生涯を閉じた。
 
 彼は、我がまだ右も左もわからぬ頃に入信した、教団最初の信者だ。
 最期には立ち会えたが、生前、寿命が尽きかけていると本人から告げられたとき、あまりにも多くの歳月が流れていたことに、我は愕然とした。
 
 待ち受けし者と契りを交わしたその瞬間から、死は我のもとを離れた。
 だが、信者たちは違う。
 彼らは天に定められた短き生を生き、やがて土へと還ってゆく。
 
 生まれては死に、また生まれる――命の循環を記憶の彼方へ追いやるほどの時が過ぎたわけではない。
 それでも、司教たちとの果てなき死闘は、その理を忘れさせるに足る、あまりに過酷なものであった。
 
 
 彼の遺体を丁寧に埋葬布で包み、その地と定めた場所に運ぶ。
 まだ教団の力は弱く、墓石を建てることはできない。
 穴を掘り、そのまま埋める。
 

 
 ファイアーブレは教団の発展に力を注ぎ、献身的に尽くしてくれた優秀な信徒であった。
 信仰の拡大には教団名が不可欠だと提案してくれたのも、食糧危機を節約の知恵で乗り越えられたのも、彼の働きかけのおかげだ。
 

 
 屋外便所の設置を進言してくれたのも彼だった。
 そのおかげもあり、長らく頭を悩ませていた野外排泄の問題は見違えるほど改善された。
 
 やはり、定められた場所で用を足すほうが、心も落ち着くのだろう。
 設置には多少の無理もしたが、済ませたあと皆が見せる晴れやかな表情で、十分に報われた気がしたものだ。
 

 
 
 「子羊様、このくらい土をかぶせておけばいいでしょうか」
 
 人形に掘った穴へ亡骸を降ろし、再び土をかぶせていた信者に問われ、追想から我に返る。
 
 「うむ、十分だ」
 
 手の平で盛土を叩き固めると、ほかの信者が木っ端を組み合わせただけの棒を穴に突き立てた。
 敷地の片隅に咲いていた小さな花を集めてきた者が、花束を棒の根元に置く。
 別の者は、「ここはさみしいから、お花が咲くといいなと思って」と言いながら、いくつかの種を周りに植えた。
 今生の感謝と来世への祈りを込め、皆で静かに手を合わせる。
 儀式も何もない素朴で簡素な葬式であるが、これが今の我々にできる精いっぱいの見送りであった。
 
 
 「子羊様、ファイアーブレは来世でも、私たちのところへ来てくれるでしょうか」
 
 最後の別れが終わり、それぞれが作業へ戻る中、アムドゥシアスが無邪気にたずねてきた。
 先日宣言した、来世を信奉する教条のことを言っているのだろう。
 
 さてな、とつぶやき、空を見上げる。
 風に導かれ、ゆっくりと流れる綿雲を目で追った。
 ——そのような来世があったとしても、我の同胞たちがこの地を踏むことは二度とあるまい。
 
 アムドゥシアスへ目を移すと、人一人死んだというのに、瞳は希望と羨望で満たされている。
 待ち受けし者のほくそ笑む顔が、後ろに透けて見えた。
 
 「・・・来てくれたときのためにも、もっと教団の威光を広く知らしめておかねばならぬな。お主もきちんと精進を続けるのだぞ」
 
 はい、もちろんです、とアムドゥシアスは元気に返事をし、祭壇へと走っていった。
 
 
 これから幾度となく、我は信者たちを見送っていく。
 その先には、いつも彼が待ち受けていることだろう。
 われらが神の恩寵による救いはあるのだろうか。
 願わくは、わが信者たちに安寧の眠りが与えられんことを——。

 

偉大な指導者なら

 「よし、こんなものだろう」
 
 手に持ったノミと木槌を置き、少し離れて全体を見る。
 目の前に置かれているのは教団の象徴、つまり我を模した木像だ。
 敷地内に生えていた大木を切り出し、我自身が今、彫り上げた。
 

 
 木像の周りを一周し、出来栄えを確かめる。
 
 「突貫とはいえ、まあまあ見れるではないか。これで、少しは認めてもらえるとよいのだが」
 
 納得いく出来栄えに、自信を持ってうなずく。
 
◆◇◆◇
 
 「教祖様、ちょっとお話があるのですが」
 
 そう言いながらヴァレファールが歩み寄ってきたのは昨日のことだ。
 雑談を注意して以来、彼と言葉を交わすのはこれが初めて。
 何を言われるのかと身構えていると、彼はひざまずき、意味不明なことを口にした。

「えっと、私にはわからないんですけど、わかりたいと思っています」

・・・なんだ? 若者の間で流行している構文か?

「わからないけど、なんだって?」

 率直な思いを口にされ、さすがに戸惑う。
 だが、そのあとの訴えに、我はひどく打ちのめされることになった。

 「その、あなたが本当に偉大な指導者なら、この場所の見た目をもうちょっと・・・改善できたりしませんか?」
 
 とても言いづらそうに、しかしはっきりと指導者としての適性に疑いを持っている、と告げられたのだ。
 

 
 順調に行き過ぎていると、うすうす感じてはいた。

 司教らの捨て駒となりし信徒たちを、乞われるままに連れ帰り、わが教団へと入信させてきたが、命を捧げるほどに信奉していた対象を、かくも容易に忘れ得るものなのかと。

 
 ヴァレファールは、かつてレーシィの教団に所属していた者だ。
 言われて思い返せば、夜闇の森に施された装飾は見事であった。
 メルヘンとグロテスクが同居する闇夜のおとぎ話を連想させ、一言でいえば、洒落ていた。
 潤沢な資金を惜しげもなく費やし、教会堂もさぞ華麗に飾られていたことであろう。
 そのような大教団より転向してきたのだ、わが教団が貧相に映るのも致し方あるまい。
 
 本来、装飾とは資金に余裕が生じてから手を付けるべきものである。
 皆にはそのように告げ、敷地の見栄えは後回しにし、実用的な設備の充実に力を注いできた。
 だがこれで、悠長に構えている場合ではなくなった。
 
 力ある教団に属することは、信徒にとって誉れである。
 信仰に見た目は関係ないとはいえ、教団の方向性を示す装飾は、手っ取り早く力を誇示する手段ともなり得る。
 
 今の段階で貴重な素材を消費するのは惜しい。
 されど、今後も司教らの教団より信徒を迎えるのであれば、同様の不満を抱く者が現れるやもしれぬ。
 
◆◇◆◇
 
 そして、何を飾るか思案の末に、我を模した像を据えるに至ったというわけだ。
 予算を抑えるため自ら彫刻を試みたが、このようなものが最も喜ばれると思ってしまうあたり、ちと面映ゆい。
 
 アッツツ、同じ姿勢を続けたせいで肩と腰にかなりの負担がかかってしまった。
 まあ、あの者の笑顔が見れれば疲れも吹き飛ぶだろう。
 
 聖別をしていたヴァレファールを呼び、木像が置いてある場所へと案内する。
 木像のほか、周囲を彩るツバキの花壇も増設したことを伝え、ヴァレファールの反応を待った。
 
 
 「前よりはマシになりましたかね・・・」
 

 
 
 

 
 
 彫り上げた木像をしげしげと眺めたヴァレファールは、一晩で掘り上げたことに驚きの表情を見せたものの、一言そのように発しただけで、あとは無言であった。
 
 二人で黙し、並んで木像の前に立ち尽くす。
 その不穏な様子を見かねてか、ヴァレファールと同郷の友人であるグシオンが急ぎ駆けつけ「行き場のなくなった高齢者を受け入れてほしい」と願い出てきた。
 
 その場にヴァルファーレを残し、グシオンと教化輪へ向かう。
 胸に残るわだかまりに顔をしかめていると、「とても喜んでいましたね」とグシオンが声を掛けてきた。
 信じられず、眉をひそめる。
 
 「そのようには見えなかったが」
 
 「はは、彼は皮肉屋ですから、素直に喜びを表せなかっただけです」
 
 子羊様の御心は、きっと伝わっていますよ、そう言って穏やかに微笑みながら、グシオンは教化輪に現れた老人へ手を差し出した。
 
 
 あくる日、しばらく使っていない首枷の手入れを思い立ち、教会堂の裏手に向かうと、木像を見やるヴァレファールの姿があった。
 反射的に隠れてしまう。
 
 声をひそめ様子をうかがっていると、像を見つめる彼の表情が、とても満ち足りていることに気が付いた。
 
 この距離から心の内を読み取ることはできない。
 声を掛けるべきか、踏み出すタイミングをつかめないでいるうちに、彼はツバキの花壇がある方向へと歩いて行った。
 
 
 遠ざかっていく後ろ姿を見送っていると、「教祖さま」と声を掛けられ、「わあっ」と思わずのけぞった。
 声の主は、夜闇の森で生贄にされそうなところを救い出した、グレユルトレであった。
 
「そ、そなたか。どうした、教団の生活で難儀なことでもあったか?」
 
「はい、あ、いいえ。皆様にはとてもよくしてもらっておりますが、別のことでご相談があります。
 
 実は、教祖さまから救っていただいたとき、私は兄弟と旅をしておりました。
 森で囚われたときにはぐれてしまったのですが、彼に何かあったらと思うと不安で夜も眠れません。
 
 神聖な使命を背負われ、ご多忙であるところ不躾なお願いかと存じますが、何卒、私の兄弟を探してもらえませんでしょうか」
 

 
 あの森の危険性は身をもって知っている。
 支配者が消滅したとはいえ、そのことにさほどの変わりはないであろう。
 信者の家族となれば、我の家族でもある。
 明日にでも救助に向かわねばなるまい。
 我は、偉大な指導者であるからな。