それはさておき

脱力して生きていきたい

Cult of the Lamb(カルトオブザラム)日記8~幕間:信者の肉はやわらかい

Cult of the Lamb(カルトオブザラム)日記7のつづき

※カルトオブザラムのゲーム日記、だったのですがゲーム内容を基にした二次創作の小説風にしてしまいました。
※残酷、カニバ表現あり。
※設定を想像で補完しているところがあります。
※主人公の性格設定は見た目は子ども、中身はジジイです。

信者の肉はやわらかい:Cycle of Flesh and Faith

 
人売りの蜘蛛に顔を見られたのは、明らかに失策だった。
だが、私が客ではないとわかるや否や、あの蜘蛛は露骨に興味を失った。
貼り付けにされた奴隷の頬を、退屈そうに指先でつつきながら、「もう食べてしまおうかな」と独りごちている。
救いを求める視線が突き刺さる。
だが、私は足を止めない。
今は、情に流されるときではない。
 
目指すのは、くたびれた石門の向こう――ゴミ虫どもの巣窟だ。
教祖が不在であることは、すでに同胞からの報せで確認済み。
この機を逃す手はない。
 
門をくぐると、眼前に広がる荒れ地。
ぬるい風が頬を撫でた。
沼地の冷気に慣れた身には、この地の熱がやけに生々しく感じられる。
足元から伝わる大地の温もりが、妙に不快だ。
 
正面には、祈りを捧げる信者の姿。
偉大なる使命のためとはいえ、信念も覚悟も持たぬ烏合の衆と数日を共にすることを思うと、吐き気がこみ上げてくる。
 
石段を下り、教会堂の脇をすり抜け、何気ない風を装って祭壇へと歩を進める。
わが教団の荘厳な祭壇に比べて、なんと貧相なことか。
空いている場所に腰を下ろし、形ばかりの祈りを捧げる。
これでよし。潜入は、成功した。
 
周囲の信者たちは、私の存在に何の違和感も抱いていない。
まったく、呑気なものだ。
これからじっくりと情報を引き出し、ついでに金も巻き上げて、この教団を根こそぎ潰してやる。
 
・・・ふむ? 隣にいるのは、ヘケト様の使徒として名を馳せたグシオンではないか。
優秀な人物と聞いていたが、そういえば何人か、子羊側に寝返った者がいるという話もあったな。
都合がいい、私の顔を覚えていれば、会話の端々から何かしら漏れるかもしれない。
 
「あのさ」 そう声をかけようとした矢先、入口の魔方陣が光を帯び始めた。
強烈な閃光の中から現れたのは――子羊。
なんということだ。戻ってくるには、いささか早すぎる。
 
「教祖様、今日はとても早いお帰りですね」
祭壇へと歩いてきた子羊に、グシオンが声を掛ける。
 
「うむ、夕食の準備を失念しておってな。一度戻ってきた」
 
これが、わが神に背を向けた子羊か。
死の王の証を持つという噂は、どうやら事実らしい。
だが、教祖というよりは・・・どこか所帯じみている。
 
まずい、目が合った。
とりあえず作り笑いをしておくか。
おいおい、まんまるに目を見開いたまま動かないぞ。
子羊は瞬きをしない種族だったか?
 
「お主、名は何と言ったか」
 
「私をお忘れですか? ※※※です」
 
※※※か、そうであったな、それ以上何も言わず、子羊はキッチンのほうへ歩いて行った。
間抜けめ。
 

◆◇◆◇
 
「※※※、これ、起きぬか」
 
なんだ、まだ真夜中じゃないか。
・・・子羊? そうだ、私はゴミどもの教団に潜入していたのだった。
 
「ちと、用事を申し付けたくてな。ついて来るがよい」
 
この教団は夜中にも信者に仕事をさせるのか?
あのあと結局、気を削がれ何もできずに1日が終わってしまった。
明日こそ、朝からグシオンに話しかけるつもりだったのに。
 
灯りの少ない方へ向かっているようだが、どこまで行くつもりだ。
いてっ、石につまづいた。
まさか、夜中に石の撤去をさせる気じゃあるまいな。
 
先を歩いていた子羊の歩みが止まる。
こちらへ向き直るが、暗くて表情はよく見えない。
 
「お主、どこから来た」
 
胸がドクン、と跳ねた。
昼間とはうってかわった、冷酷を宿した声音。
ドク、ドク、心臓のリズムが脳に響き、声を発することができない。
呼吸を整えなければ。
ごまかさなければ。
 
「まあよい、おおかたヘケトの消滅を知ったカラマールがよこした密偵といったところだろう」
 
バレた。
なぜ、こんなにもすぐに・・・?
 
「ん、なぜ動揺する? おぬしの教祖も、信者の心を読むことができるのではないか?」
 
昼間、読まれていたのか。
子羊が統べる聖地にいる者すべてに、その力は有効なのか、信者でなくとも。
・・・うかつだった。
 
唇はただ震えるだけで、言葉を紡ごうとしない。
子羊の目が、赤く光る。
 
「では、覚悟はよいかな?」
 
息が、止まった。
見えない万力で首を絞られ、気道が潰される。
それでも、一向に力は弱まらない。
行き場を失った血液が脳髄に溜まり、顔面がジンジンと脈打つ。
眼球が押し出されてくるのがわかる。
足が、地から離れていく。
いつの間にか、子羊が下にいた。
赤く光る眼――悪魔の眼。
眼が、眼が、首が、ぎょうぞざま、だじげで、ぎょうぞざ
 

 
  
◆◇◆◇
 
ぐっ、が、はあ。
 
「成功だ」
 
何だ? この大歓声は。
ここは、教会堂?
だが水の神殿とは違う。
そうだ、私は子羊の教団へ偵察に入り、あのとき——確かに首を折られた。
その先は・・・何者かに会ったような気がするが、思い出せない。
 
「すばらしい」
「本当に生き返るなんて」
「われらが子羊様よ、永遠なれ」
 
私を囲む信者たちが、口々に子羊を賛美している。
そばにいた信者がローブを差し出してきた。
とりあえず受け取って身にまとったが、頭の中は濁ったままで思考がまとまらない。
 
「では、続けて儀式を行う。皆、静まるように」
 
おごそかな声を聞き、信者たちが次々に頭を垂れる。
私は急いで輪の中心から外れ、目立たない位置でひざをついた。
 
「※※※、中央へ」
 
私? なぜだ。
周りにいた信者が両脇に手を入れ、無理やり元いた位置へと引き戻す。
着たばかりのローブを剥ぎ取られ、両手足を棒に括られた。
そのまま丸焼きのような格好に私を吊り下げ、信者たちは輪の中へ戻っていく。
 
不安だ、何が始まる? なぜみんなヨダレを垂らしている?
 
「それでは、暴食なる共食いの儀式を開始する。みな、腹を満たすがよい」
 

 
わっという歓呼とともに信者たちが一斉に牙をむき、身動きできない私に飛びついてきた。
まず、力任せに片耳が引きちぎられた。
「ぐうっ」
声が漏れた。
その耳を持った信者が口に——嘘だろう、耳を口に入れた。
耳を食べた信者は顔を上気させながら、一心不乱に口を動かしている。
 
ちぎれられた場所は次第に熱を発し、その熱はすぐに激しい疼きへと変わった。
もう片方の耳に手がかかったが、待て、と制止の声がかかる。
 
「両方取ったら食事の音が聞こえなくなるではないか。片方は残しておくように」
 
牙を持つ信者が太ももに力強く噛みつき、そのまま肉を齧り取った。
「ふぐっ」
牙のない信者は尻の肉を無造作につかみ、手に持ったナイフでゴリゴリとそぎ落としていく。
「ひぎいいい」
痛みなどという言葉では言い表せない灼熱が、全身を支配する。
怖い、怖い、怖い。
笑いながら皆で私を頬ばっている。
 
痛みで気を失い、また痛みで目を覚ます。
聞こえてくるのはぐっちゃぐっちゃという汚らしい咀嚼音と、私のくぐもった悲鳴だけ。
声は、とっくに猿轡で抑え込まれている。
 
私が、消滅していく。
自分が減っていく様を見たくないのに、この目が、どうしても見てしまう。
 
「これこれ、ひさしぶりの肉だからといって急いで食すな。ゆっくり、じっくり味わって食べるように」
 
「はい、教祖様」、教祖の言いつけに従順な信者が、「もっと薄く削ぎなさいよ」と指示を出した。
 
べちゃ、という音につられ目線を下に落とすと、腹からこぼれた臓物が床に落ちていた。
湯気を立てる桃色のそれはすぐに拾い上げられ、誰かの口の中へと消えていく。
腸が裂け、血と糞便の混じった悪臭が立ち上った。
それも、鼻がなくなった今となっては、もう気にならない。
 
吊りあげられている腕は、手首から先を残し、すでに骨だけ。
その骨にわずかに残った肉を、豚型の信者が熱心に舐めている。
その様を呆然と眺めていると、眼に指をつっこまれた。
ぷぎっ、という変な音ともに、そこから先は何も見えなくなった。
 
全身を支配する感覚が何なのか、もはやわからない。
恐怖はすでに立ち去り、胸には甘美な安らぎが広がっている。
もう終わりも近い。
遠ざかる意識の中、くふふっ、と赤い悪魔の笑う声が聞こえた。
  
◆◇◆◇
 
ぐっ、が、はあ。
 
「成功だ」
 
何だ? この大歓声は。
ここは、教会堂?
だが水の神殿とは違う。
そうだ、私は子羊の教団へ偵察に入り、あのとき——確かに首を折られた。
その先は・・・誰かに会って、それから・・・。
 
「すばらしい」
「本当に生き返るなんて」
「われらが子羊様よ、永遠なれ」
 
私を囲む信者たちが、口々に子羊を賛美している。
そばにいた信者がローブを差し出してきた。
とりあえず受け取って身にまとったが、頭の中は濁ったままで思考がまとまらない。
 
得体のしれない恐怖がこみあげ、膝が勝手に笑い出した。
くずおれかけたところを信者に抱えられ、輪の外へと静かに運ばれていく。
 
「それでは、本日はここまで。明日の同じ時間にまた、集まるように」
 
壇上の子羊が告げると、皆ガヤガヤと雑談しながら教会堂をあとにした。
立ち上がることができず座っていると、「これ」と声を掛けられた。
 
「ひいっ」
情けない声が漏れ、自分でも驚いた。
 
「※※※よ、蘇生早々のところ悪いが、夜間に付き合ってほしい場所があるのだ。夕刻、声を掛けるから待っているように。・・・うん? 体調がすぐれないようだな。儀式を失敗したか。まあよい、治療所へ来なさい」
 
子羊、私をくびり殺したことを忘れているのか?
いや、それよりもっと・・・。

芯からせりあがってくる怯えを抑えるように両手で体をかき抱いていると、出入り口で待っていた信者が体を支えてきた。
「大丈夫? 治療所まで付き添うよ」
 
彼は、そう、グシオン。
旧き信仰の司教に仕えていた信徒。
私のことを覚えていてくれたのだろうか。
肌に触れる温もりが、心に安堵をもたらす。
自然と涙があふれ、子どものように泣きじゃくってしまった。
 
「大丈夫、大丈夫だよ。蘇生したあと、不安になってしまう人はよくいるんだ。きみは確かに生きているから、安心して」
 
グシオンの服が涙でぐしょぐしょになっていく。
それでも彼は優しく、大丈夫、大丈夫、と言って慈しむように頭を撫でてくれた。
 
ふと、彼の顔が近づき、涙で濡れた目元に口づけをされた。
驚いて顔を上げる。
 
「ああ、やはりきみの目は、とてもきれいだ。あのとき、ぼくのものにしてよかった」
 
グシオンの口の端が微かに湿り気を帯びているのは、私の涙なのか、それとも。
もはや密偵どころではない。
この教団は、あの子羊は何かがおかしい。
死の先に待ち受けし反逆者の力を、私は侮っていた。
一刻も早くここから脱出し、この狂人たちのことを教祖に報告しなければ。
 
治療所へ行くと、子羊が得体のしれない薬を差し出してきた。
 
「夕刻まで時間はある。それを飲んでしばらく休んでいなさい」
 
私の正体に気付いているはずなのに、どういうつもりだ。
逃げ出したい、今すぐにでも。
だが、子羊がそばから離れようとしない。
——ええい、ままよ。
覚悟を決め薬を飲み下すと、それまでの不安が嘘のように消え去った。
 
気が抜け、特別製のやわらかな毛布に身を預ける。
トン、トン、と一定のリズムで、グシオンが優しく体をたたき始めた。
それまで張り詰めていた緊張の糸がほぐれ、睡魔が襲ってくる。
目を閉じる寸前に見た、私をのぞき込む子羊の顔は、何の色も映していなかった。
 
夕刻、子羊に連れられ訪れたのは、半島の南にある灯台だった。
自分で歩いてきたのではない。
王冠から伸びた鎖に吊られ、運ばれてきたのだ。
 
灯台に火は灯っているが弱々しく、少し離れるとすぐそこには闇深い海が広がっている。
桟橋の位置まで来ると、子羊は闇の向こうを覗き込むように、目をじいっと見開いた。
 
「おおい、子羊やーい」
 
海・・・いや、闇の中から子羊を呼ぶ声が響く。
闇の中に浮かび上がる影――あれは、狐?
 
「そんなに大きな声を出さずとも、聞こえておる」
 
「どうした、やっぱり気が変わったのか?」
 
子羊は、まるで旧知の仲のように振る舞っている。
こんな得体の知れない輩とも取引をしているのか。
遠く離れた距離でも伝わってくる邪悪な気配——これは、我が教祖でも手に余るのではないか。
 

 
「ほれ、お望みどおり連れてきたぞ。さっさと約束の品をよこすがよい」
 
望みどおり、連れてきた?
 
「子羊よ、私が所望したのはお前の信者だ。この者は果たして、そうと言えるかな?」
 
「言えるさ。大事な、大事な信者だ」
 
「――ははっ、おもしろい。いいだろう。やはりお前と取引をして正解だったな」
 
言葉の意味を反芻する間もなく体が宙に浮き、闇夜へと吸い込まれていく。
 
「な、何をする?!」
 
子羊は手を後ろに組み、この異常な状況を当然のことのように見守っている。
 
「幾度か恐怖を与えてカラマールの元へ戻そうと思っていたのだが、ちと事情が変わってな」
 
闇に浮かぶ狐の咢(あぎと)が、大きく開かれた。
生臭い息が、顔にかかる。
 
「ひい、ふう、と。食されるのはこれで4度目か。いい加減、お主も慣れたであろ。だが、喜べというべきか、これで正真正銘の最後だ。お主の輪廻の糸は、いま断たれる」
 
4度目・・・?
——ああ、そうだった。
私は、子羊の教団に喰いつくされたのだった。
 
「神よ」
 
我慢できず口にしてしまった。
わが神カラマールよ、どうか、どうか、私をお救いください。
 
離れた場所から、子羊の声が聞こえる。
 
「安心せい、お主の神も、とおの昔に黄泉へ旅立っておる。ただし、お主とは行先が別だ。会うことは、できんだろうなあ」
 
弾けるように、狐の開かれていた口が閉じた。
肩から胸まで一気に歯が食い込む。
骨が砕ける鈍い音と共に、口内に、もはや慣れ親しんだ鉄の味が広がった。
 
「まあ、お主は相当美味のようだから、惜しいことは惜しいがな。我の大切な家族を喜ばせてくれた点については、素直に礼を述べよう」
 
とめどなく溢れる血にむせながら、桟橋に目を遣る。
視界はすでにかすみ、そこに何がいるのかも、ぼやけてよくわからない。
赤き王冠のギラギラと光る眼だけが、やけにはっきりと、笑みの形に歪んでいるのが見えた。