それはさておき

脱力して生きていきたい

Cult of the Lamb(カルトオブザラム)日記9~罪に濡れたぼくたちは

Cult of the Lamb(カルトオブザラム)日記8のつづき

※カルトオブザラムのゲーム日記、だったのですがゲーム内容を基にした二次創作の小説風にしてしまいました。
※設定を想像で補完しているところがあります。
※主人公の性格設定は見た目は子ども、中身はジジイです。

新たなる力

 四司教のうち三人を葬り去り、残るは封印を主導したシャムラただ一人となった。
 わが一族の惨殺から幕を開けた聖戦も、いよいよ終局へと近づいている。

 死の神の力により、我は幾度でも蘇る。敗北など万に一つもあり得ぬ。
 ——封印という緩慢なる罰を与えられない限りは。
 
 奢ることなく、さらに気を引き締めねばならない。
 自らを律する意味も込め、信者たちへ説教を施していたその時、教会堂を不穏な気配が取り巻いた。
 空気は急激に湿り、汗が一雫、頬を伝う。
 

 
 何事かと構える間もなく、影は形を成し、無数の大蛇が輪を描いて我らを囲んだ。
 不測の事態に信者たちは逃げることもできず、ただ肩を寄せ合い震えている。
 この禍々しき空気・・・待ち受けし者の戯れにしては、あまりに度が過ぎている。

 やがて、心へ直接語りかける声が響いた。
 

王冠の主たる者よ。ようやく話すことができて喜ばしく思う。
汝は多くを為した。奴らよりもはるかに多くを。
王冠の主たる者よ。善悪を裁定するのだ。
汝の言葉は絶対である。其に従うことこそ信者の務めなり。
信者は何時に忠誠と祈念を捧げるが・・・それでは足りぬ。
彼らの魂から、罪が漏れ出ているのを感じるぞ。
それを刈り取り、集め、利用せよ。
彼らを堕落させるのだ。
悪臭を放つ、恥ずべき逸脱の沼へと導け。
罪を裁定するは神々、とはよく言ったものだが・・・忘れるな。
この地においては、汝こそが、彼らの神なのだ。

 ふむ、我を「王冠の主」と呼ぶ以上、これは待ち受けし者とは異なる存在からの啓示であろう。
 死の神に守護された教団内部へ干渉し、司教たちを「奴ら」と呼ぶ力――クダーイたちの創造主たる「原初の神々」に連なる者かもしれぬ。
 
 罪を糧とし、新たな力を得よ、か。
 決戦を前にありがたい話ではあるが、果たして信用すべきか。

 だが、時すでに遅し。
 罪は否応なく教義へと刻まれ、教団の内腑へ浸食を始めていた。
 儀式の刻印が終わると不穏な気配は瞬く間に消え、教会堂は静寂に包まれた。
 
 信者たちは呆然とし、何が起きたのか理解できていない。
 ・・・説明しても無駄だろう。
 わが力により脅威を退けたと告げると、彼らはようやく落ち着きを見せた。
 本日の務めはここまでとし、各々に休息を命じた。
 
 
 夜更け、皆が寝静まった敷地を見回りながら思索する。
 旧き信仰の司教最後の一人を葬った後、我はどうなるのか。
 
 待ち受けし者より授かった王冠――その権能を失えば、我は非力な子羊に過ぎぬ。
 何より気がかりなのは、ここで眠る信者たちの処遇だ。
 王冠を返したところで、彼が信者たちを生かしてくれる保証はない。
 

 
 「——忘れるな。
 この地においては、汝こそが彼らの神なのだ」
 
 罪を与えた、あの声が甦る。
 思考は果てることなく眠りを蝕み、泉の如く湧き上がる不安を抱えながら、今宵も我は夜をさ迷う。
 

罪に濡れた僕たちは


 
 カラマールを滅した我らの前に顕現した、罪を欲する存在。
 娯楽を知った信者たちは、瞬く間にその楽しさに魅了され、堕落の道を歩み始めた。
 
 殊更に人気を博したのは、アルコールである。
 鐘を鳴らしドリンクスタンドを開放すれば、待ちわびた信者たちが我先にと駆け寄ってくる。
 労働に疲れた身を慰める効果があるゆえか、やがてそれを「ネクター」――伝説のソフトドリンクではなく、神々が口にする不老不死の酒――と呼ぶ者も現れた。
 

 
 酔えば気が大きくなるのか、物を壊し、喧嘩を始める者も出るのは困りものだが、日頃口にせぬ鬱憤を吐き出す場ともなれば、それもまた必要なのかもしれぬ。
 明日の活力につながるのであれば、大したことではない。
 
 信者は奴隷ではない。
 生産性を高めるためにも、多少の息抜きは必要だ。
 そう考えれば、あの罪を欲する存在に感謝すべきところもある。
 ・・・このような言葉を聞いたら、待ち受けし者は苦い顔をするだろうがな。
 
 
 そしてもう一つ、教団に大きな恩恵をもたらしたものがある。
 子作りテントだ。
 信仰が神の力となるとはいえ、入信は独りだちが認められる二十歳前後。
 忠誠心を高めるには時間が足りず、多くは道半ばで天へ還る。
 ならば、生まれた時から愛情を注げばよい。
 卵の段階から愛情を与え、幼児期から質のいい教育を成長に合わせ与えていけば、やがて第一線で活躍できる信者となる。
 子どもの吸収力とは、まこと恐るべきものだ。
 
 われらケモノに、「子作りを見られるのは恥ずかしい」という概念はない。
 だからといって畑を耕している隣でテントをゆすられては、気が散って作業に身が入らない者もいるであろう。
 そこで、背の高い草で作業場と仕切ることにより、テントのある場所を特別な空間として位置付けた。
 孵卵場所や子守スペースも隣に置き、子の目の前でむつみ合うことも教育の一環としている。
 これもまた、未来の円滑な子作りへとつなげるための、わが戦略である。
 

 
 できれば優良な素質を持つ者同士で番ってほしいものだが、相性もあるゆえ、なかなか難しい。
 二人をテントに招き、合意に至るまで気が気でならぬ我は、つい草葉の影から見守ってしまう。
 
 だが、そんな相性など意に介さぬ者もいる。
 イケボのジョーと呼ばれる、海の向こうから巡礼に訪れ、そのまま帰依した者がそうだ
 
 威厳ある風格、貴族を思わせる品のよさ。
 焼けた肌に光る白い牙、風に揺れる黄金のたてがみから漂うムスクの香り。
 我と同じく風呂に入っていないはずなのに不思議であるが、見ていないところで清潔にも気を配っているのだろう、我と違って。
 
 無論、容姿がいいだけで人気がでているわけではない。 
 好みにうるさいエリカが言うには、エスコートが完璧らしい。
 テントに入る前から事後まで「姫」と呼ばれ、とても気分がよかったそうだ。
 「耳からタマゴが生まれちゃう」ほどセクシーなバリトンボイスで囁かれるピロートークも忘れられない、と乙女の顔でうっとりと語っておった。
  
 そんな噂を聞きつけ彼と同衾を望む信者が後をたたず、自ら望んで挑む試合は盛り上がりが違うのか、どの信者を相手どっても打率は驚異の100%。
 ほかにもインテリのテオや脳筋のアルといったテント人気の信者はいるが、情欲の儀式なしの成就率でジョーに及ぶ者はいない。
 

 
 生涯独身を貫くと豪語していたトルナでさえ、「彼となら一度くらいは」とテントへ入っていった。天地がひっくり返ったかと思ったものだ。
 

 
 容姿端麗、人格も紳士そのもの。
 完璧を絵にかいたようなジョーが、なぜ入信したのかを尋ねたことはない。
 海の向こうの話になると、遠い眼をして黙り込む姿は、どこか物憂げだ。
 共同体を求める者、価値観の基盤を探している者、心の寄りどころを求める者、信仰に帰依する理由は人それぞれある。
 皆で暮らす中で安らぎを感じてくれているのなら、それでよい。
 
 
 ・・・さて、少々語りが過ぎてしまったな。
 我のほうが娯楽に熱中して本来の目的を見失ってしまう前に、最後の仕事へと取り掛かろう。