それはさておき

脱力して生きていきたい

2026年の読書記録(石井光太、葉真中 顕、井上真偽)

書くことに囚われ次の1冊に手を伸ばせない。乗っているときは攻殻機動隊のオペレーターの如く指も動くのに。

 

文芸

「写真増補版 神の棄てた裸体-インド・ミャンマー編-」石井光太

絶版書籍を電子化するにあたり、分冊したのだと思われる。

第二次世界大戦中に日本人が犯した愚行。その傷跡を辿る旅が、エッセイ風に描かれている。観光地を一歩外れた路地裏には、日本人では想像もできない過酷な現実が当たり前に存在している。多数掲載されている写真には言葉を失った。ホームレスであろうとも、最貧困女子であろうとも、日本人である限り皆、恵まれた者なのだ。本当の貧しさとはどういうことなのか、知るほどにやるせなくなってくる。本にするにあたって多少脚色もされているだろうが、途上国のリアルを知るにはいい書籍だった。

「切除―インド」
娼婦として生きるアキとの交流。物乞い、売春といった仕事のために身体の一部を切り取ることを強要されるインドの実状が描かれている。

「水の祈り―インド」
不妊症の女性を慰めてまわる薬師。彼女たちが不妊となったそもそもの要因が日本兵にあると知っている日本人は、たぶん少ない。だからこそこのような本に意義があるのだが。

「問わず語り―ミャンマー」
日本兵との間に生まれ、捨てられたみなし子を育てる男性が自身の半生を語る。彼自身も日本兵に家庭を壊された張本人であるにもかかわらず、たくさんの子に恵まれて幸せだと言っていた。とても立派な男性。

 

「写真増補版 神の棄てた裸体-バングラデシュ編-」石井光太

写真増補版 神の棄てた裸体-バングラデシュ編-
「人さらい」
バングラデシュには、ミャンマーから逃げ込んできたロヒンギャが多くいるという。村を見捨てた男性の代わりに彼らを受け入れた村では、そのせいで子どもがさらわれる事件が起きているのだそうだ。男性が村を捨てた原因となっているのが、外資が建てた工場。村の男たちはそこへ出稼ぎに出て、戻らなくなってしまった。私たち先進国が途上国の生態系を壊すこともあるのだ。

「浮浪児の渇き」
首都ダッカで、生まれたときから路上生活を強いられている少年少女が集まる公園。偽りの愛を求め、大人に身を任せる彼らの日常は過酷なものだった。抱きしめてほしい、ただそれだけのために性器に石を詰められ、血を流す少女レジミーとの交流が描かれている。

「幼い乳」
姿を消したレジミーを追う中で出会った女性。彼女の案内で向かった先は、病人が集まるという駅の裏手にある空き地。身体を酷使する彼女たちの寿命は、驚くほどに短かい。そして、望まなくとも子は生まれる。負の連鎖を止める手立てを持たない人々が、自然と身に付けた互助の精神で赤ん坊は育てられていく。その子もまた、生まれた瞬間から浮浪児なのだ。

 

「写真増補版 神の棄てた裸体-インドネシア・マレーシア編-」石井光太

写真増補版 神の棄てた裸体-インドネシア・マレーシア編-
「夜会―インドネシア」
線路の周辺にあるバラックで働いていたときに出会った娼婦の少女・エパ。大学生との恋に浮足立っていた彼女の身に起きた事件が描かれている。

「婆―インドネシア」
スマトラ島のショッピングセンターにある駐車場。そこにはスナックを売る「婆」と呼ばれる女性がいた。東ティモールから戦火を逃れてきた彼女が兵士から受けた虐待、それが原因で村を追われ、流れ着いた地でもなお疎まれる彼女の慟哭がいたましい。

「堕天使―マレーシア」
屋台街で出会ったアリスという名のレディボーイ(ニューハーフ)と、稼げなくなった彼らがたどる過酷な運命が描かれている。

 

「写真増補版 神の棄てた裸体-ヨルダン・レバノン・イラン-」石井光太

自国の女性はだめだけれども、イスラームの戒律に当てはまらない外国人であれば売春をしてもかまわない、という考えで、これらの国には共産圏の隣国やイラク戦争、パレスチナ紛争から逃れてきた難民が出稼ぎに来ているそうだ。ほかの3冊と異なり取り上げられているのは大人の女性のみ。
写真増補版 神の棄てた裸体-ヨルダン・レバノン・イラン編-
「月の谷の女―ヨルダン」
ナイトクラブで働いていたときに出会ったイラク人女性・ウワイダ。イラク戦争勃発後に各地を転々とし、ヨルダンに流れてきた彼女は、毎日のように客を誘い一夜を共にしていた。

「死海の占い師―レバノン」
出稼ぎにフィリピン女性たちが心の休憩所として信頼する占い師の話。中東の家政婦はほとんどが外国人労働者で、その中でもフィリピン人はアラブ社会から遊離しがちなのだという。

「砂漠の花嫁―イラン」
「男は女を娶って世話をするのが義務なんだよ。障害のある女がいれば、余裕のある男がもらって、守ってあげるんだ」。イラン西部のイラクとの国境付近、クルド人が暮らす小さな村は一夫多妻で成り立っていた。場所が変われば事情も変わる、とてもやさしい物語。

クルド人のことについても、少し知ることができた。彼らは国を持てなかった民族だからこそ、国に倣うことを知らず自分たちの国を作りたがるのかもしれない。

 

「珍夜特急」クロサワ コウタロウ

珍夜特急1―インド・パキスタン―
全6巻。某有名書籍のタイトルをもじった本書は、同じ紀行エッセイでもアプローチがまったく異なる。著者は日本から持ち込んだ自前のバイクで大陸を横断しており、野宿を中心とした洗練とは真逆の泥臭い旅が延々と続く。その荒々しさこそが、読み手を強く惹きつける魅力になっている。

とにかく読む手が止まらず、Kindle読み放題ということもあって次々と借りてしまった。描かれるのは、人との出会いと土地のありのままの姿。バイクだからこそ実現した地域密着型の旅は、観光地を巡る旅では得られない、人と人との関わりが生み出すドラマに満ちていた。

事前に下調べをしていても、現地に行くと変わるというのがお約束。語り口はユーモラスだが、実際にはトラブルも多く、相当な苦労があったに違いない。だんだん旅慣れて図太く成長していく過程もおもしろい。
www.aboutamazon.jp

 

「アリアドネの声」井上真偽

アリアドネの声 (幻冬舎文庫)
タイムリミットに追われる中での救助劇(サスペンス)、極限状態で浮上する疑惑(ミステリ)、過去に囚われている主人公の葛藤(人間ドラマ)といった複数の要素が融合したハイブリッド型の小説。盲ろうの女性とのファーストコンタクトから誘導の工夫、致命的な弱点などドローンを使った災害救助の模擬としてとても興味深く読めた。

印象に残っているのは、女性が点字をなぞって安堵した場面。自分は見捨てられていないという希望がなければ、生きる力もわいてこないよね。すでに実用化が始まっているドローン救助が、この段階まで到達するのも、そう遠くない未来のはず。技術の進歩はすごいなあ。

 

「そして、海の泡になる」葉真中 顕

バブル絶頂期の1990年、個人として史上最高額4300億円の負債を抱え自己破産した朝比奈ハル。平成が終わる年、彼女はひっそりと獄死した。彼女のことを小説に書こうと決めた"私"は関係者に聞き取りを始める──。(amazon作品紹介)
そして、海の泡になる (朝日文庫)
戦後日本の女性の生き方、バブル期の熱狂、宗教二世としての葛藤など、当事者の語りを通して1900年代後期の、日本がもっともイケイケだった時代の空気が伝わってくる。さながら、生活史のインタビュー集を読んでいるような臨場感。

実在の人物をモデルに描かれた朝比奈ハル。何にも縛られず、自由に生き抜いた彼女の姿には、思わず憧れを抱いてしまう。華やかさの裏側には「私は私である」という確固たる意志があり、その芯の強さに多くの人が引きつけられたのだろう。

ラストはややひねりが強く、少し混乱する部分もあった。どんでん返しのような驚きを盛り込みたかったのかな。