文芸
「入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください」寝舟はやせ
実母のせいで貯金も住処も失ったタカヒロは、住み込みでマンションの一室を管理する仕事の求人を見つける。
雇用の条件は『隣人と必ず仲良くすること』。
他に行き場のないタカヒロはマンションに流れ着くが、待っていたのは明らかに人間ではない『隣人』だった。(amazon作品紹介)

いわくつきのマンションで暮らすことになった主人公が、奇妙な現象に遭遇しながらも淡々と日々を過ごしていく――そんな日常系ホラー。人外との“仲良しこよし”には決してならない紙一重の距離感での交流が、ゆるい空気感のある日常と絶妙に噛み合い、ほどよい恐怖を生み出している。
認知の外側にいる存在のリアリティを高めているのが、謎が謎のまま残されている点。「わからないおもしろさ」が合わない人は消化不良を起こすかもしれないが、どこまで見せ、どこを隠すかという匙加減はしっかりと心得られていたから、私は想像の余白を楽しめた。
主人公が生きる意欲を失う原因となった母親との関係の顛末や、母親が謎めいた宗教を妄信するに至った経緯、その宗教に関わっていた友人の祖母の存在など、語られるエピソードの多くは少しピースが足りていない。続刊でそれが補完されれば、物語の深みにさらに没入できるのだが。
カドカワだし、いずれコミカライズもされるでしょう。芦花公園作品や「光が死んだ夏」が好きな人におすすめ。
「墓地を見おろす家」小池真理子
新築・格安、都心に位置するという抜群の条件の瀟洒なマンションに移り住んだ哲平一家。だがそこは広大な墓地に囲まれていた……次々と襲いかかる恐怖。衝撃と戦慄の名作モダン・ホラー。(KADOKAWA作品紹介)

執筆されたのは1993年。今さら手に取ったわけだが、これほど本格的な心霊ホラーだとは意外だった。考えてみれば、ダークロマンスの旗手ともいえる小池真理子さんとホラーの相性が抜群なのは、ある意味で当然のことなのかもしれない。
エレベーターしか出入り口のない地下倉庫という特殊な空間が生み出す閉塞感と、意志をもって悪意を向けてくる正体不明の気配。住人たちは一人、また一人と恐怖に蝕まれ、逃げ遅れた主人公たちは退路を断たれてしまう。幸せの絶頂にいるときほど恐怖は容赦なく襲いかかってくる──そのことを著者はよく理解しているのだろう。
小池先生は多くの作品で、恋愛を幸福の象徴ではなく、痛みや執着、破滅や死と隣り合わせのものとして描いてきた。本作にもそのイズムはしっかりと受け継がれており、物陰からじっとこちらを見つめてくる不穏な気配に神経を研ぎ澄ませると、鳥肌が立って仕方がないのだ。
「漆黒の慕情 佐々木事務所シリーズ」芦花公園
塾講師の片山敏彦は、絶世の美青年。注目されることには慣れていたが、一際ねっとりした視線と長い黒髪の女性がつきまとい始める。彼を慕う生徒や同僚にも危害が及び、異様な現象に襲われた敏彦は、ついに心霊案件を扱う佐々木事務所を訪れる。時同じくして、小学生の間で囁かれる奇妙な噂「ハルコさん」に関する相談も事務所に持ち込まれ……。振り払っても、この呪いは剥がれない――日常を歪め蝕む、都市伝説カルトホラー!(角川作品説明)

絶世の美男子・片山敏彦登場。1作目に比べて作品全体の勢いは落ちており、物語の軸である都市伝説の扱いにも新鮮味はない。敏彦の美しさを強調する描写がくどいくらい繰り返されるうえに語り手が誰なのか分からなくなる場面が多々あり、読みづらさが目立った。
「聖者の落角 佐々木事務所シリーズ」芦花公園
病院に忽然と現われ、子どもたちの願いを叶える謎めいた黒服の青年。難病も嘘のように完治するが、子どもたちの態度が豹変し異様な言動をするという。心霊案件を扱う佐々木事務所に相次いで同様の相談が舞い込んだ。原因を探るるみは、土地にまつわる月と観音信仰が鍵だと掴むが、怪異は治まらない。孤独な闘いの中、彼女はある恐ろしい疑惑に捕らわれる――願いは代償を要求し、祈りは呪いに変貌する。底なしの悪夢に引きずりこむ民俗学カルトホラー!(角川作品説明)

青山くんほぼ登場せず。敏彦のほうが動かしやすいのだろうか。
「無限の回廊 佐々木事務所シリーズ」芦花公園
「まだ?」と声が聞こえるたび、佐々木るみはそっと目を開いて、絶望に囚われる――。最強の拝み屋・物部斉清が死んだ。心霊案件を取り扱う事務所の所長である彼女は、不妊に悩む依頼人が連れてきたおぞましい怪異を止めきれず、物部を巻き込んでしまったのだ。頼る者がいない中、るみは自らの中に巣食う獰猛で最凶の敵に立ち向かうこと
になる。次々と開く扉の中で待ち受けるのは、はてなき悪夢と深淵。シリーズ最大の衝撃作!(角川作品説明)

るみの一人語りで構成されており、今作で起きている事態の要因となっている怪異は表立って登場してこない。つまり、読むなら1冊長々と自己肯定感の低い後ろ向きな感情を聞かせられる覚悟が必要。覚悟なく読んだ私は元々好きではなかった主人公から、さらに気持ちが離れてしまった。こんなに性格が悪いのに顔面国宝の男がもれなく吸引されているから、面白くないというのもある。
現在既刊のシリーズ4作目まで一気に読み進めたわけだが、敏彦のキャラクターが際立っていく中、主人公である佐々木るみは平凡な存在になってしまった。特別な力を持つ者独特のカリスマ性や神秘性を失った彼女は、次巻からどのような立ち位置になるのだろうか。
「岸辺露伴は倒れない」北國ばらっど

ジャンプJブックスが電子図書館で読み放題になっているとは、素晴らしいッッ! 小説だと昔の絵柄で脳内再生できるのがいいね。目から鱗の露伴節もたくさん。
◆黄金のメロディ
女性編集者から受け取った1枚のハガキ。それは7年前、偶然立ち寄った音響ショップからの招待状だった。招待日は一週間後の午後四時、金環日食の予報がでている時刻だ。聞けば現在、その地域は消滅集落一歩手前であるという。漫画のネタになるとふんだ露伴は、発信元であるT県坂持へ向かった。
漫画原作の時系列と重なる物語。富豪村に行く前、カフェでの会話にあった「金環日食の話なんかどう?」の元ネタ。哀しみにも似たはかなさが漂う結末だが、読後感はすっきり。
◆原作者 岸辺露伴
自身の著書「異人館の紳士」の実写映画化をかたくなに拒む露伴。その理由は、かつてドラマ化した際の撮影現場で起こったある出来事にあった。
一つのキーワードを遵守しながら戦う露伴。ピンチの切り抜け方が秀逸。
◆5LDK〇〇つき
事故物件好きの友人の家にある「いわく」の原因を突き止めようとする露伴。パニックSFもの。
「恥知らずのパープルヘイズ」北國ばらっど
組織を裏切ったブチャラティたちと決別してしまったフーゴ。描かれなかった彼のその後が、最高の形で示されていた。飛呂彦が乗り移ったとしか思えないほど世界観に違和がなく、5部の幕間や1部から4部までの小ネタも物語に絡めてあって、よくこじつけたものだなあ、と感心。ヘリコプターが墜落するのもジョジョあるあるだよね?
口には出していなかったけれど、ブチャラティは彼のことをずっと気に掛けていたと思う。察する天才ジョルノがそれをわかっていないなんてことは、ないはず。これでブチャも安心して眠りにつくことができたでしょう。どうかやすらかに、アリーヴェ・デルチ。
「探偵が早すぎる」井上真偽
犯行計画を立てただけなのに……どこからともなく名探偵がやってきた?完全犯罪をもくろむ殺人者は、誰にも見破られぬように犯罪計画を立てた……はずだった。「キミ、殺そうとしてるよね?」彼の犯罪計画の穴とは!?ミステリ界が今、最も注目する才能が放つ、究極の倒叙ミステリ!(KADOKAWA作品紹介)

まさに文芸エンタメ。講談社タイガの方向性をしっかり踏襲したライトミステリ。
見どころは、巧妙な仕掛けの穴をつき、痛烈に指摘する瞬間。仕掛けられたトリックをそのまま犯人に返す「トリック返し」の爽快感がたまらない。物語のテンポもよく、犯人側のパーソナルな背景が丁寧に描かれていたこともあって物語世界に深く入り込めた。
しかし後半では、畳みかけるように罠が仕掛けられる一方で手口の奇抜さばかりが目立ち、肝心の「トリック返し」が二の次に。上巻で魅力的だった犯人側の掘り下げも薄く、クライマックスの盛り上がりも派手なだけでやや弱め。読み終えても気持ちが大きく高ぶるところまでは至らなかった。
とはいえ、仕掛けそのもののアイデアはおもしろいし、破天荒な人物設定も最高。発想の大胆さやキャラクターの個性が、この作品の魅力だと思う。
「小麦の法廷」木内一裕
「ビーバップ」のきうちかずひろ先生が書かれている本だとはつゆ知らず。そういえば漫道コバヤシで最近は執筆業しかしていない、とおっしゃっていたな。

新米弁護士の小麦が担当することになった事件。目撃者、犯人、被害者3人の証言に疑う余地はなく、犯人自身も有罪となることを望んでいる。特にトラブルが起こる様子もなく、簡単に片付くと見込んでいた彼女の元へ別の事件を捜査する刑事が訪れたことにより、事態は急転。彼らは犯人を無罪にしてほしいと懇願してきたのだった。
法廷ドラマでありながら従来の枠に収まらない、エンタメ性が際立つ作品。
最初に感じる読みにくさは、すすむにつれ解消されていった。
主人公・小麦は弁護士としてはアウトローな部類。間違っても「~ですわ」などとは言わない、がむしゃらに働く等身大の女性としての飾らない姿が、本作最大の魅力。彼女をとりまく人々も生き生きとしており、脳内に映像が鮮やかに浮かび上がってくる。
物語の中で特に印象的だったのは、犯人が「有罪になりたがる」動機の意外性。目から鱗であったが、現実の犯罪者たちも法を学習し、手口もますます巧妙化しているということなのだろう。
本当に、あっという間に読み終えてしまった。媒体こそ違えど、あの頃の木内ワールドは健在であった。シリーズ化はまだされていないみたい、残念。彼らの掛け合いをもっと読みたいと願っている人は、たくさんいると思う。
「看守の流儀」城山真一

舞台は刑務所、全5話からなるオムニバス形式のドラマ。主に看守側の視点で物語が描かれており、重すぎないミステリで読みやすかった。
物語の中心は“人情”。登場人物の多くは善良で、根っからの悪人が出てくるのは1話のみ。刑務官も誠実な人物ばかりで、「裏切り」や「黒幕」を疑う必要がなく、物語に集中できる安心感があった。看守という職務の重さと厳しさも描かれており、囚人の命を預かる責任、時に感情を抑えて職務に徹する姿勢など、読み進めるほど尊敬の念が生まれてくる。
印象に残っているのは、大学入試や国家試験の問題用紙が刑務作業で印刷されているということ。これが事実なのだとしたら目から鱗すぎる。確かに、ここ以上に流出しにくい場所はないわ。
「護られなかった者たちへ」中山七里
仙台市の保健福祉事務所課長・三雲忠勝が、手足や口の自由を奪われた状態の餓死死体で発見された。三雲は公私ともに人格者として知られ怨恨が理由とは考えにくい。
一方、物盗りによる犯行の可能性も低く、捜査は暗礁に乗り上げる。三雲の死体発見から遡ること数日、一人の模範囚が出所していた。男は過去に起きたある出来事の関係者を追っている。男の目的は何か? なぜ、三雲はこんな無残な殺され方をしたのか?(NHK出版あらすじ)

東日本大震災の被災地・仙台を舞台とした宮城県警シリーズの1作目。骨太な社会派ながら読みやすいのが中山作品。どんでん返しが必ずあるのも中山作品。犯人像については想像の範囲内で、評判ほどの驚きや感動を得られず。読み放題のときに中山作品を読み漁った弊害が、こんな形で現れようとは笑。
テーマは生活保護。今も行われているであろう福祉窓口での水際作戦が、とにかく非道でやりきれない。読んでいて気持ちの良いものではないが、誰が悪いとかそういう極論にならない配慮はきちんとなされており、理想と現実を折り合わせる難しさを読者に考えさせる構成となっていた。
緩慢なる死を与えられた被害者たちの罪とは何なのか、事件を追う刑事たちが真相に近づくにつれ、理由が明らかとなっていく。中山作品としては佳作、ミステリとしてはパンチ弱めかナー。それでも最後に心を打つメッセージを残すあたり匠のお仕事。
「勇気をもって何度でも声を上げてください。不埒な者があげる声よりも、もっと大きく、もっと図太く」
「我が心の底の光」貫井徳郎

貫井さんの作品は「乱反射」に続き2作目というのが自分でも意外。
それはさておき、本作の主人公は幼少期の壮絶な経験により人生を諦めた少年・峰岸晄(こう)。すべてにおいて達観している彼の14歳から29歳までの軌跡を追う物語。
大好きな暗~い青春小説ということもあり、一気読みした。ただ、少年期から青年期へのつながりが不自然で若干のもやもやが残っている。転機となる出来事は示唆されていたものの、心情描写がほとんどないかったのだ。自身の過去を思い起こさせる出来事への憤りを「シャッターを殴る場面だけで察してくれ」というのは情報不足に感じた。一方、タイトル回収は読者に委ねる余白がほしかった。動機は十分想像できたのに、最後に明言されたことで一気に陳腐になってしまった。
犯罪小説として書き始めたものの、途中で主人公を救いたくなってしまったというのなら仕方がない。でも、その中途半端さが作品の評価が伸び悩む理由になっていると思う。
「冷酷 座間9人殺害事件」小野一光
2017年10月、神奈川県座間市のアパートの一室から大量の切断遺体が見つかった。部屋の住人・白石隆浩が女性8人男性1人を殺害・解体したと判明するや、その残虐さに世間は震撼した。白石はどんな人物か?なぜ事件は起きた? 330分に及んだ獄中対話と裁判の模様を完全収録。史上まれな凶悪殺人犯に肉迫した、戦慄のノンフィクション。(amazon作品紹介)

「この人間には心がない」――黒い家のサイコキラー・幸子を形容したキャッチコピーが頭をよぎる。一般的な尺度で考えてはいけない人物は、確かに存在するのだ。
本書の構成は、1/3が白石被告との面談内容、残りの2/3が裁判記録で、事件の詳細をかなり丁寧に追うことができる。被害者の家族環境にも触れられており、読んでいて胸に刺さる部分が多かった。どこにも居場所がなく、家族からも理解されず、苦しさから逃れようと伸ばした手を悪魔に掴まれてしまう――そんなことは、残念ながら起こり得る。まあ、いたたまれないよね。白石被告が罪を逃れようとせず、最初から受け入れる姿勢を示していることが唯一の救いと言えるのかもしれない。
文面から浮かび上がる白石被告の人物像は、嫌味がなく素直で、徹底した合理主義者。自分の命を大切に思えないがゆえに、他人の命の重さも実感できていないように見える。著者がエピローグで指摘しているように、育成過程で何らかの問題を抱えていた可能性は否定できない。
「原発ジプシー」堀江邦夫

1970年代後半に、美浜、福島第一、敦賀原発の作業員として実際に従事した著者のルポ。花村萬月が「希望(仮)」を執筆するにあたり本作を参考にしたと聞いて手に取った次第だが、小説はやはり創作に過ぎなかった。労働者の視点で綴られた原発の実態は、地獄そのもの。精神的・肉体的に過酷な労働環境であることが今で言う実況のような臨場感で伝わってきて、「現代の蟹工船」と揶揄されるのも当然の悪辣さだった。
超高温の中、高気密性スーツを着用しての肉体労働、2重マスクの内側が1時間で真っ黒になるほどの粉塵、悪臭を放つ汚泥。常に被ばくの恐怖にさらされながら体力の限界まで酷使されるにもかかわらず、労働者たちの賃金は多重下請け構造により徹底的に吸い取られていく。定期検査の実施が考慮されていない設計、ずさんな放射能管理、素人でも理解できる物的・人的問題が当たり前に放置されているのが日本の原発の実態であった。
外部労働者の内部被ばく量と電力会社社員のそれとを比較した表の圧倒的格差には怒りがこみ上げるが、著者と関わった人々は原発労働がなくなると困る人たちばかりで、労働の場を生み出すという点では否定できないことも事実であった。納得できたことで福島第一原発の復旧について報道がなされるたび胸の内に起こっていた違和感は昇華できた気もする。
労働者の視点から見た原発を知り、私の中のイメージには大きな変化が生じた。原発の危険性を訴える有識者や報道の方々には、それを正しく運転させるため陰となり力を尽くしている労働者たちが存在することにも光を当ててもらいたい。
