それはさておき

脱力して生きていきたい

山田風太郎「忍法帖」シリーズ簡単あらすじと感想(短編)

忍法帖中編・短編

 

忍法行雲抄(1622年ころ~大坂の陣)

忍法行雲抄 忍法帖 (角川文庫)
・忍者 明智十兵衛
幼少期に甲賀卍谷で忍法修行をした明智光秀が、お市の方にそっくりの沙羅という娘を手に入れるため、彼女が慕う土岐弥平次と入れ替わる。
 
・忍法 死のうは一定
本能寺で追い詰められた信長のもとに現れた果心居士。「幻術 女陰往生」によって信長を逃がそうとするのだが・・・。表紙イラストは果心と信長。
 
・忍者 石川五右衛門
太閤秀吉が甥の秀次を疎んじ始めた原因である寵姫・淀の方を排除するには、彼女の体内にある「楊貴妃の鈴」を奪わなければならない。五右衛門一味は甲賀忍者で、盗みはお家再興のためだったという設定。悲恋の物語だった。
 
・虫の忍法帖
追い詰められた秀次が太閤へ最後のいやがらせとして、自分の子を淀の方に産ませようと算段する。二人の確執が千姫様の出自にまで及ぶという、ある意味壮大な物語。登場する忍者は甲賀。
 
・忍法 関ケ原
優秀な鉄砲鍛治のいる国友村(石田三成の領地内にある)を徳川の支配下に加えるため、甲賀と伊賀の地味~な・・・失礼、密かな駆け引きが始まった。
 
・忍法 本多佐渡守
つまり大久保長安がらみ。しかし本丸は家康の側近である大久保相模守。彼を失脚させるため親戚筋の長安を陥れ、間接的にダメージを与えるお膳立てをしていく。何度か登場してきた佐渡の人となりを今作でやっと知ることができた。そういう意味では必読かもしれない。
  

 

忍法流水抄

忍法流水抄 忍法帖 (角川文庫)
・叛の忍法帖
明智光秀はなぜ三日天下で終わってしまったのか、明らかとなっていない史実を著者の知識と想像で補完した新説。新たな時代を掌握すべく動き出した野心家に仕える忍3人と、明智に仕える忍による四つ巴の戦いが描かれている。
 
・おちゃちゃ忍法腹
豊臣秀吉の朝鮮出兵と女好き、淀(茶々)の懐妊に朝鮮魔術師が関わっていたという話。
 
・近衛忍法暦
昭和初期から物語が始まり、回想で秀吉が秀次を朝鮮に送った理由が描かれるのだけど、なぜ二つの時代がリンクするのか理解できなかった。秀吉が猿顔と女性経験の少なさに相当なコンプレックスを抱いていたことはよく分かった。
 
・羅妖の秀康
梅毒により亡くなった家康の次男・結城秀康さんの付け鼻ネタ。この秀康さん、例のごとく存じ上げなかったのだが、興味深い逸話の数々をお持ちの方だった。出生が双子であったことが、そもそも不幸のはじまりという説もあるようだ。
 
・慶長大食漢
摂生を心がけ粗食を旨としていた家康の死因が鯛の天ぷら食べ過ぎ、という一説を元にした話。美食は人心を動かすほど魅力的であると同時に、際限なく求め続ければ健康を損なってしまう、「過ぎたるはなお及ばざるが如し」がテーマだろうか。面白い話だった。
 
・彦左衛門忍法盥
「天下のご意見番」大久保彦左衛門忠教おじいちゃんが、けしからん今どきの若者たち相手に大ハッスルする話。タイトルにある盥(たらい)についても元ネタがあるようだし、本人の人となりを多少知ってから読むと面白さが増すと思う。森宗意軒も登場するよ。

 

忍者六道銭

決闘を主題にした短編集。
忍者六道銭 忍法帖 (角川文庫)
・忍者六道銭
代々の信州松本城主君に仕えていた筑摩一族の話。水野家の改易に伴い転封された戸田丹波守光慈の妹・奈々姫より、現在持ち上がっている婚約話を破談にするよう2人の若き筑摩忍者が密命を受ける。女性の身勝手な残酷さに打ちのめされながらも、忍びの掟に殉じた2人。アホまるだしの中盤から一転、哀切的な結末に着地するジェットコースタードラマだった。
 
・摸牌(モーパイ)試合
モーパイとは、指の感触だけで牌の種類を当てる麻雀用語で、盲牌とも書く。時は慶長11年、駿河への移封嘆願を拒否された結城中納言秀康が越前へ無断帰途したことを不安視した父・家康。甲賀忍者・刺青銅八をスパイとして結城家に送り込んだものの、帰ってきた銅八は中納言のおマラに彫った呪いの正体を言う前にあの世に行ってしまう。それを探るために登場するのが伊賀組秘蔵のくノ一、つまりスケベ忍術の話。
 
・武蔵忍法旅
武蔵が巌流島に至るまでの前日譚。180cmの長身とハーフを連想させる容姿、フロ嫌いで汚く、性格的にも難がある、風太郎先生の描く武蔵はどの作品でもこんな感じで、彼に英雄然とした印象を持っている方は首をかしげるかも。でも、これが実像だと思うよ。
 
・膜試合
忍者が忍術から遠ざかっている時代、嫁入り前の同門処女に手をだしまくっていた伊賀八方斎が大岡越前守に事の真偽を追及され、苦し紛れについた嘘「膜を使った忍術」。これを真実とするため、彼の娘と伊賀の若き忍者2人が巻き込まれる。女性のしたたかさと恐ろしさを感じる結末だった。
 
・逆艪(さかろ)試合
まさかのリバありBL。小野助九郎の娘・お琉の策略にはまった柳生家七代当主・采女俊峯を助けるため、陰間である絵太夫右近がとった手段とはこれいかに。永遠に結ばれることのない采女に右近がたてた、操の誓い。その一途な想いに漢気が感じられたのは、いやはや嬉しいね。先生、この悲恋は長編でもよかったのでは。
 
・麵棒試合
エレキテルでおなじみの平賀源内と老中・田沼意次が、伊賀と甲賀の血統による継承忍術に興味を持ち、反目し合う両家に無理やり縁組をさせる。肉体をも溶かす体液を持つ女と、極限の筋肉操作ができる男、二人が交合すると何が起こるのか。「麺棒」がヒント。
 
・かまきり試合
ある女のために死にに戻らなければならないという二人の男。甲賀忍法帖に登場した陽炎一族の子孫が関係すると聞けば、タイトルの意味が分かるだろう。若干設定が違うのでパラレルのお話。
 
・忍法甲州路
野心家の江戸家老・石来監物と麻耶藩主の愛妾・お櫛の方が、次期藩主となる大三郎を掌握するため、彼が好意を寄せている国家老・和佐右太夫の娘・お婉の命を狙う。彼女を守護する忍者が使う眠りの術に対抗するべく、眠りながら攻撃する方法を編み出す3人の浪人。 策士策に溺れるというか漁夫の利というか、意外なオチに思わずぽかん。爽快な結末だった。

 

忍法女郎屋戦争

忍者の掟をテーマにした短編集。消化不良を感じる物語が多く、どうしちゃったのかなあという印象。
忍法女郎屋戦争 忍法帖 (角川文庫)
・忍法女郎屋戦争
若年寄・田沼山城守意知のひらめきにより、赤坂に作られた国営遊郭。忠実な部下である伊賀組頭領・服部億蔵に管理をまかせたものの、何やら様子がおかしくて・・・? 遊びを知らずに生きてきた男が蜜の味を知るとこうなるという見本。億蔵のわびしさ漂う姿が現代の企業戦士たちに重なる。
 
・忍者服部半蔵
大久保石見守長安の失脚にかかる三代目服部半蔵と四代目の代替わりを描いた物語。石見守の娘を妻としている三代目は忍法帖の登場回数も多い。
 
・忍法瞳録
「録画」が持つ性質を生かした物語。ある事件のカギをにぎる少女と、彼女に恋をした青年の悲劇。服部半蔵による報告書の送付相手が本多上野介、土井大炊頭、松平伊豆守と変わることにより、さりげなく時代の流れを感じさせてくれる。服部党のほか、志摩藩の忍びが登場する。
 
・忍法肉太鼓
死期の迫った4代将軍・家綱の跡継ぎを巡る政治の駆け引きに巻き込まれた伊賀忍者・六波羅十蔵。自身の動きを相手に共鳴させ、意のままに動かすことができる忍術を使い、大奥の女たちを身ごもらせていく。1970年代にこの感応術を考えついた風太郎先生はすごい。生々しい政権交代劇や忍者の死闘を描きつつもどこか間が抜けているあたり、忍法帖らしいと言える一作だった。
 
・忍法阿呆宮
吉宗が将軍になる前の紀州藩の話。密偵組織・お庭番衆の監視役である源三郎は、惚れた女が発した嫌味を真に受け、苦楽の感覚を絶つ修行を始める。度を過ぎた阿呆のような修行の果てに、ついに源三郎は彼女と一夜を共に過ごすのだが・・・。
 
・忍法花盗人
会津二十三万国・松平肥後守の世継問題に助け舟を出したのは、蘆名玄伯と蘆名衆。テーマは恐妻家とか女性恐怖かな、ちょっと気の毒なお話だった。
 
・妻の忍法帖
「伊賀者服部紋三郎浮気の顛末」と最初にことわりがあるとおり、忍術を使い、妻公認で安全に浮気をする方法が描かれている。そんなのあるんかいな、と思ったら風太郎先生もこれってどうなん? と自らツッコミを入れていた。

 

忍法落花抄 忍法帖

忍法落花抄 忍法帖 (角川文庫)
・忍者 仁木弾正
仙台藩における伊達騒動の前日譚。森宗意軒が島原ののち、叛逆の血脈を伝える者をスカウトするため、顔を自在に変えることのできる忍者・仁木弾正、由比正雪と共に暗躍していたという設定。最後の最後まで忠義を曲げなかった原田甲斐が叛意を抱いた理由は何なのか、意外ながらも当然と思える結末に、人の心の複雑さを感じた。
 
・忍者 玉虫内膳
表紙はこの物語をモチーフにしている。上様への恨み言と共に体中の血を流しつくした死体が発見されるようになり、謎を解くため呼び出されたのが、己のからだの一部分を自ら死なせることができる伊賀忍者・玉虫内膳。家臣の家族に手を出すという将軍綱吉のスキャンダラスな行為を元にしたミステリだった。
 
・忍者 傀儡歓兵衛
人形の修繕に奇妙な技術を持っている久沓歓兵衛より、妻そっくりの人形を作らせてほしいと相談を受けた伊賀組・花房宗八郎。思い込みによる妄想と執着ってこわい。忍術は登場しない物語だった。
 
・忍者 枯葉塔九郎
身勝手な男の成功と破滅の物語。「山風短」としてコミカライズもされている。駆け落ちまでした妻を疎み、彼女と交換に出世を望んだ筧隼人が相談をしたのは、身体を自在に切り離すことのできる枯葉塔九郎という怪しい忍者。漫画がよくできているので、そちらを見ていただくとイメージがわきやすい。
コミックス版はこちら→山風短(4)
 
・忍者 帷子万助
伊賀忍法を使い、各藩でスパイ活動をしていた室賀人参斎父娘と、帷子万助。戸祭藩家老・可児隼人正との問答のすえ囚われとなった娘を連れだすために彼らがとった行動とは。万助の忍術は体中の水分を抜いてミイラ化し、折りたためるほど小さくなるもの。甲賀忍法帖のナメクジ陣五郎を思い出した。
 
・忍者 野晒銀四郎
江戸家老・酒井内蔵による謀反の噂がささやかれる三雲藩。陰謀の証拠は、野晒銀四郎が心底惚れた女に関係する品物だった。忍法帖版怪談話といったところか、忍術により死者となった銀四郎の妄執は恐ろしくもあり、哀しくもあった。
 
・忍者 撫子甚五郎
関ケ原の戦いにおける重要人物・小早川秀秋の返り忠は成るか否か、その見極めを託された東軍・服部半蔵は西軍お抱え伊賀忍者・波ノ平法眼に探りを入れる。勝負に勝って試合に負けた、そんな言葉が浮かぶ物語だった。
 
・「今昔物語集」の忍者
忍法帖を振り返ったショートエッセイ。荒唐無稽の忍者小説を書き始めたきっかけや、多種多様な忍術が生みだされた経緯、今昔物語と忍法帖における類似性の考察がなされている。シリーズのファンなら必読。

  

くノ一紅騎兵

くノ一紅騎兵 忍法帖 (角川文庫)
・くノ一紅騎兵
「奥羽永慶軍記」に着想を得た物語。「山風短」としてコミカライズもされている。米沢藩主・上杉景勝の小姓となった謎の少年・大島山十郎。女性と見まごうほどの美しさを持ち、武勇にも長けた山十郎を景勝は寵愛するが、裏には反徳川と関ケ原につながる政治的な駆け引きがあった。幻想的な結末で心地よい余韻に浸ることができる。コミックス版はこちら→山風短(1) (ヤングマガジンコミックス)
 
・忍法聖千姫
大坂夏の陣にて家康と坂崎家出羽守が約束した千姫様の再婚に、坂崎の武士、柳生侍、半蔵の娘・夕波が巻き込まれどたばたが始まる。千姫を聖女のごとく崇めた男たちが盲信によるプラシーボ効果で超人となる発想は、医学知識のある風太郎先生ならでは。暗示を解く方法がこれまた傑作で愉快な物語であるものの、基本汚物を食しているため苦手な方はご用心を。
 
・倒(ちょう)の忍法帖
その性質は、英邁で豪快で奇矯で凶暴。越後60万石太守である家康の六男・上総介忠輝が、有能な人間だけの国を創るべく領内の士民に優劣をつけ選別を始めた。常軌を逸した行状を見かねた家康に駆り出されるのは房術のプロ集団・伊賀くノ一の美女の方々、つまりスケベ忍術の話なのだが、TSぽい男女逆転の要素がある。みんな大好き石見守長安が名前だけ登場する。
 
・くノ一地獄変
三代将軍家光の兄弟である駿河大納言忠長に自害を決意させる任務を受けた甲賀者と、それを阻止する使命を受けた伊賀くノ一。頭領・半蔵の同門を攻守に配置するという奇怪な行動に、家康の長男・三郎信康の切腹にかかる介錯を先々代の半蔵がいたしかねた、という逸話が関わっている。
 
・捧げつつ試合
精子が持つ特性から着想を得て、悲恋を描けるのは風太郎先生だけだろう。上野国沼田藩へ潜入していた甲賀大八より任務失敗を告げられるとともに、自身の男根を託されたおふう。次期徳川家忍び組に甲賀の血を残すため、彼女は哀切を胸に根来の娘が待つ江戸へ走る。綱吉が隠密を派遣した背景には、藩主・真田伊賀守が深刻な財政困窮にもかかわらず両国橋架け替え工事を引き受け、さらに領民に課税を強いた史実がある。
 
・忍法幻羅吊り
吉原「赤蔦屋」に現れた不思議な娘・小式部。常人離れした才覚を見せる彼女が、仲間遊女と五人の客を引き合わせた目的とは。過去に女性に非道を行った男たちを女の手で破滅させていく、まさに女の復讐劇。遊郭の迷信じみた恋占いと忍法を融合させた幻術は魔女の呪いのようで、とことん女性らしさを感じる物語だった。
 
・忍法穴ひとつ
田沼山城守より柳生後継ぎに指名された伊賀者・江袋平九郎。女を穴と言って馬鹿にする彼の出世を快く思わない頭領の娘・おあんは、甲賀卍谷仕込みの忍術でお仕置きを仕掛ける。生殖機能と排泄機能を同一に担う男性器の特性に着想を得た物語。柳生家の婿候補として宮本土佐という武蔵の子孫が登場する。